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無音少女 初稿(6)

 



   1


ごあいさつ ミチ

 あたしが最初でいいのかな。「無音少女」の本編はもうすぐ終わりなんだって。あたし、死んじゃってるし……。ここから先はしばらく登場人物だった人たちで「ざつだん」しろといわれた。「物語とはべつだから読み飛ばしても差し支えない。でも、できれば読んでほしい」って、かとうりすうが言ってた。どこからどうみてもユウだよね、あの人。




「無音少女」とは

 まず、最初に話すように言われているのは、この小説の題名について。これはあたしのモデルになった人が使っていたハンドルネームのことで、かとうりすう以外にも知っている人がいるのかな……。いなかったら、知っているのは、あたしのモデルの人と、作者のかとうりすうと、これを読んでいる人ってことになる。ネーミングに親しみあるこだわりを感じる。


 この作品ができる以前、違った題名の、似たような作品がいくつも書かれていた。そこでは、あたしとユウが同い年で、恋人になるように描かれてきた。うまくいかなかったから全部消されちゃったんだと思う。でも、登場人物の名前はほとんど初期設定のまま使われている。思い入れがあるみたい。えっ? あっ、わかった。……名前を考えるのがすごくむずかしかったから使い続けたんだって。最初の作品が作られてから、まだ10年経たない。完結までいかずに歳月が過ぎ、2020年になり、ようやく「初稿」が完成しそう。かとうりすうが「うれしい」って。あたしもうれしい。ユウと一緒に最後の場面を迎えられたら、もっとよかったんだけど。あと、本編の世界は2014年だよ。初稿って言ってたから、すいこうもするのかな。次があるならハッピーエンドになってほしい……。




登場人物

 あたしを含めて、数人の登場人物にはモデルになった人がいる。モデルのいない完全な創作の人もいる。


・ミョウレイ ミチ

 無音少女。このお話の主人公。名字は「明禮」。すごくすくないけど実際にいるみたい。モデルになった人の名字も珍しくてかっこいい。ミチは「実茅」。本編のあたしは1998年9月生まれの15才。高校生になったばかりで外見は派手なタイプじゃない。ちょっと長めの黒髪。やせすぎず太りすぎない、中間の体型。体重? 軽くはないんじゃない……。学校にひとりは居る、変わった生徒……って。自覚はあるけど、そんなに変ではない、よね? 心のおくでは複雑なことを思っていて、笑ったり怒ったり泣いたりせず、感情をあまり表に出さない。嫌いな人がいるし、嘘もつく。でも、すごくやさしい人……? かとうりすうは、あたしみたいな女の子が好きだって。ありがとう。


・マクラギ ワダチ

 もう一人の無音少女。「枕木」は電車が通る線路の下に敷かれている横長の木材のこと。園芸で足場にも使われる。名前の方は本編でも出ているけど「軌」って書く。「キ」って読むことがほとんど。車の通った後にできるタイヤの溝をわだちっていうよね。横に2つ並んだ車輪の間隔を表す言葉でもある。わだちの他に「みち」とも読み、人が守るべき規則のことを意味する。過去の作品でもえっちな子として描写されてた。本編のワダチちゃんは「男の子の色欲」がモデルで、ユウにとって最大の分かれ道になった。男の子がそういうことに興味を持つのはわかっていても、あたしは汚いと感じるから、ちょっといや……。


・クジョウ スグリ

 名字は「九条(九條)」で、京都にある九条通りが有名だね。すごそうな名字、ということで決めたんだって。スグリは「直里」って書く。植物でもスグリってあるね。モデルは、かとうりすうのクラスメイトで、勉強がよくできて、ちょっと人見知りの、強気な女子。本編のスグリさんもそんな感じかな。卒業後、ユウとは違う未来に行くのが判っているだけに、学生で居られる時間を考えさせられるね。天才肌の博識で、いろんな話を聞かせてくれそう。一緒にいるだけでたのしそう。


・ヨシカワ アオイ

 過去の作品では「サクラバシ」という名字で、あたしたちと同じ学校の陸上部の生徒だった。本編では「吉河 葵」、ユウの親しいメール友達。モデルになった「青」っていうハンドルネームの人は、かとうりすうにとって、気が置けない同い年のメール友達だったみたい。恋愛対象としては描かれず、インターネットでの人間関係を印象付けている。会うのは勇気がいるかな。匿名の場所で気の合う人を見つけるのってなかなかむずかしい。それと、男の子と女の子が友達にとどまれる関係も滅多にない。心の距離が近づくほど意識しちゃうよね。


・オオクラ フユミ

 フユミはモデルが居ない。ユウがアルバイトをする際、だれかいたらいいなあって思って、制作途中で追加された登場人物。かとうりすうが高校生のときにしていたアルバイトを印象づけるための人だって。作中でもユウがちょっと言ってたけど、オオクラは「大蔵大臣」から。会計ソフト? なにそれ。フユミは「芙由美」って書く。ユウの勤める職場の先輩だね。労働と貧困。かとうりすうは、将来訪れる人生の嫌な面について、フユミを描くことで表現したかったそう。時間はだれにでも平等に与えられて生まれるのに、環境や能力の差が幸せを左右する残酷な世界だね。どんなに寂しくても、好きな人のためになんでもしてあげるのは、ちがうと思う。報われる努力なら、あたしもしたい。


・イオギ ユウシュン(かとうりすう)

 この物語の大部分の語り手。井荻って駅が東京都杉並区にある。イオギと読ませる名字は五百木くらいしかないみたい。あっ、うん。「井荻」ね。「優駿」は優れた競走馬のほか、優れた物事を指して用いられる。1996年12月生まれ。背が高くて細身の男の子。モデルはこのお話を書いている20代の男性。高校生のころから魔法のiらんどを利用していて、自作の小説では登場人物を死なせることで有名だった。ユウはえっちな事が好きで、女の子の胸とお腹が好き……って、そうだったの? そうは見えなかったから意外……。常に考え事をしていて、怒りっぽい男の子。それ以外は特徴のない、どこにでもいる……って、なにこれ。こんなの読めないよ。本当のユウは怖がりで、泣き虫で、だれかと一緒にいたかったんだよね。あたしのことは忘れてもいいから、幸せに暮らしていてほしい。




制作期間

 2020年の4月から6月末までかかってるよ。3月31日に作られた構想では、4月から毎日7000字以上を継続して書き、ひと月で完成する見込みだった。合計21万字以上。でも、できなかったんだよね。かとうりすうは1時間で1000~2000字書けるくらいだったの。内容によって書きづらいことも多かったんだって。1日5000字も書けない日があって、ついに飽きちゃったみたい。


 4月下旬から5月はほとんど更新されなかった。その間、彼はスマホゲームで「Avakin Life」っていうアバターチャットに熱心になっていた。執筆活動よりそっちに充実感があったんだろうね。1週間くらいでやめようとはしてたけど、退会手続きがうまくいかなかったって言い訳してる。こら。


 ひと月で小説を書き終えて、かとうりすうは自殺しようとしてたみたいだけど、その人なら生きている。そして、6月から5月より本格的に執筆を再開している。1日7000字だと、すさまじいペースを要求される。遅れると7時間以上かかるから、起きている時間すべてを費やしても間に合わないね。あきらめたくもなるか……。でも、梅雨の時期になって、完成に近づいてきてる。喜んでいいんだよね? 適度な休憩や運動を行い、執筆の時間配分にも気をつかうようになっている。


 過去の作品みたいに未完のまま消えていくのかと心配した。この調子で書いていってほしい。




 なにかをのこしたい。おぼえていてもらいたい。


 そういう気持ちがあれば、またどこかで会える。たとえ、あたしや、かとうりすうがいなくなっても、これを読んだ人が思い出してくれるなら、それだけでうれしい。




   2


ごあいさつ ワダチ

 死んだらそれまでなのに、ミチは変だね。わたしは生きているうちにたのしいことをいっぱいして、今が良ければいいって思ってた。でも、そうやって失敗を重ねていくんだろうなあって気づけた。わたしは、この小説が作られた理由や読書に関わることを話してくれって頼まれたんだ。その人、ユウシュンに似ていて、静かな雰囲気のおにいちゃんだった。もっとたのしそうにしたらいいのに。




書いた理由

 この「無音少女」って題名はこれまで一度も使われてこなかった。ミチのモデルになった人に遠慮してたんだ? へえ、そんなの気にしたってどうせ忘れてるよ、その人。使って正解だったかも。


 あのおにいちゃんは、小説を書くしか取り柄がなかったなんて言ってる。文章で残しておこうとしたんだね。わたしだったら前の恋人なんかすぐ忘れて次の彼を探す。男の人って切り換えが苦手なのかな……。違う人とやり直しても文句を言われるわけじゃないのに。ああっ、思い出として大事にしまっておきたいんだ。さっさと忘れてなかったことにすればすっきりするのに。ずっと忘れないでいるのはつらいなあ。んっ、忘れようとはしているんだ? はっきりしないね、おにいちゃん。


 書いて区切りにしたいんだって。だけど、この小説、まだ修正できるよね。わたしとユウシュンのえっちな描写とか、もっと長く、しっかり、じょうずに書けたでしょ。完成した後も、良くしてくれるって期待してる。おにいちゃん、ユウシュンみたいにかっこいいから新しい恋人できるんじゃない? そうなったら、書かなくなっちゃうかも。はあ、それだとちょっとさびしい。




小説の書き方

 んー、一般の人に向けた方法ではなくて、こういうふうに書くっていう自分用のやり方が書いてあるね。小説の書き方は専門的な本から学んだんだって。「1週間でマスター 小説を書くための基礎メソッド―小説のメソッド 初級編」(著・奈良裕明)、Amazonだね。これ、Amazonで人気だった本。あと、文章の書き方に関する本を二冊ほど熟読して、ノートにまとめた、と。著者によって言ってることや認識が食い違う箇所があるらしいよー? 過信は禁物だ。


 そうした本を読んだ後、実際に何か書いてみて、やりやすいやり方を見つけ、それをさらにノートでまとめて、その通りに構成を考えて小説にする……。ふむふむ。勉強になるなあ。わたしもなにか書いてみたくなった! 書きたいことや伝えたいことを最初にはっきりさせて、キャラクターや出来事、道具を使って、文章の表現をするんだよ!


 ここまでくるのに遠回りしすぎた……のかな。書き方を理解するのも大事だけど、途中で嫌になって飽きちゃうでしょ。うんうん、好きだから続いたんだ。その割りにおにいちゃん、小説から離れがちだよね。もっといっぱい書いてね。




読書

 ユウシュンは読書が苦手だって言ってた。おにいちゃんも? まあ、この時代って文学よりたのしいことってたくさんあるからねえ……。でも、学校では読書している人を見かける。それで思い出した! ライトノベルってあるよね。オタクっぽい絵のやつ。おにいちゃんは、ハルヒとかSAOとか俺ガイルを読んでたんだ。作品数が多いから流行も変動しやすい。国語の先生がね、ちゃんとした小説を読んだ方がいいって言ってたよ? んー。「ライトノベルの世界観は私たちの日常生活に昇華しにくく、実用より娯楽の色が強い。先生はそういう意味で、典型的な小説を読んだ方がいいって言っているのだよ」ふむふむ。漱石や鴎外の作品が好きなんだ。わたしは谷崎潤一郎をよく読んでた。えー。おにいちゃんは谷崎きらいみたい。すごくおもしろいのに。


 文学は娯楽以上に得るものがたくさんあるんだあ。でもさ、パソコンやスマホが普及して、わざわざ小説を読む人は減ったんじゃない? どうしても知りたかったら、読まなくても読んだ人の感想をのぞいてみれば、どんなものか解っちゃうし。……実際に読むのが確実? わたし、読んだ内容忘れちゃうからなあ。読んでいる最中はたのしいのに終わった後は薄れていくみたいな。おにいちゃん、読みたくなくても必要なら読むんだ。うん。先人の遺した文章は知らなかったことを教えてくれるからね。みんな、本を読もう!




読書嫌いのために

 製本された小説って、ページ数がすごいよね。特に長編。なんか難しく思えて読みづらい。ネットの小説なら気軽に読める気はする。ああ、五ページとか十ページとか、……二十五ページとか、少しずつ読んでいくのがいいんだ。一度に最後まで読もうとしても全然進んでいかないもんね。一日に一冊以上、速いペースで本を読んでいる人も居そうだけど、そこまでなるには慣れないとだめ。読書の習慣のない人はちょっぴり損だね。多く読んでいる人に比べて、頭に入ってくる情報の質や量に差ができているんだから。




読みたい小説

 ただなんとなくって理由で読まれる小説がある。「それって本当に読むべき小説?」そう言われてみると、この小説だってそこまで読む必要がなさそうだね? だってわたしのために書かれたんじゃないでしょ、これ。ほかのだれかが読むように想定してない、っておにいちゃんが言っている。それにしては、ひらがなや漢字をわざと使い分けて、読みやすくなるように考えて書かれているよね。こんな解説まで登場人物にやらせてるし。やらせだよ、やらせ! …………ああ、もうわかったよ! まじめにやりますー。あのおにいちゃんがね、次の推敲でわたしを殺すだって。ふざけんなっての。


 じゃあ、この小説を読むべき人はだれなのか。ミチのモデルになった女の子、一人だけでいいの? んー、閲覧数が伸びたら、うれしいんだ。それで一喜一憂している……へえ。だれかに認められたり求められたりしたいのかあ。これを読みにくる人ってさ、えっちな描写を期待しているえっちな人たちじゃないの? だから、わたしとユウシュンのそういう場面をメインにすればよかったのに。それじゃあ、えろいのが嫌いな人が読んでくれなくなる? なるほどー。ほかの人が読むことを想定してんじゃん!


 読み継がれる小説って、繰り返し読んでもおもしろいから不思議だよね。ほとんどのものは読み終えると、二回目からは「もういいや」ってなる。だったら、最初から読まなくていいのに。その人にとって読む必要のなかった本ほど、読み終えても読み返さないよ。絶対に。「この小説のモデルになった人が読み返してくれるように、書けているか?」それは次のクジョウ先輩が解説してくれるでしょ。わたしが個人的に思うは、おにいちゃんがその人のことをほんとに好きだったんだなあってこと。今はどうなの? ……自分で考えろ、だって。わかんないよー。




 だれにだって醜くて汚い面がある。


 支配や欲求に焦がれた感情が刺す。わたしたちは愛されたいだけだった。だから、おにいちゃんも自分をそんなに責めなくていいんだよ。これからは自覚して生きていくんだから。




   3


ごあいさつ クジョウ

 どんなに知識があっても大きな過ちを犯してしまうのが人の弱さ。生きている時間や経験が人を変える。あの子に必要なのは経験より考える時間ね。作者に言付(ことづ)かっているのは私たちの世界で描写されたものや登場人物の発言についての解説。かとうりすうって名乗っていたけれど、歳月であそこまで雰囲気が変わるものなのね。ねえ、イオギくん?




スグリちゃんによる解説

 登場人物やこの作品については彼女たちが話してくれたのね。私はもっと細かい部分を、章で区切りながら説明させてもらうわ。あと、この文章の見出し、非常に不愉快よ。解説なんか引き受けなければよかったと深く後悔してる。……優秀な私が適任? フン、よく判ってるみたいね。いいわ、やり遂げてみせましょうか。


序章

 作者視点、女性視点、男性視点、の三つの節から構成されている短い章。


・2020年3月末~自分語り

 章の始め、作者は社会不適応者として自身の境遇について語っているわ。高校を卒業した後の話が重点的で、人並み以上に悩んで生活しているのが判る。その末に行き着いたのは堕落した日々。時間を無為に過ごしてしまったら、こうなるのは仕方ないのよ。それが嫌なら止まらずに行動し続けなさい。


 自分語りは、見ず知らずの他人にとってはどうでもよく映ることがほとんど。しかし、筆者は自身の生い立ちを「知ってもらいたいだれか」に向けて書いているの。開示することで読者との距離感を縮めるねらいもある。そうしてこの小説を書き始めるに至る。


・女の子ときょうだい

 この作品の主人公がだれなのか。もう察しは着くわね。この頃の彼女は相当に荒れている。それらしい描写があるけれど、10代中頃の女性が自慰行為をするのはごく少数だと思う。するとしても、もう少し後になってから。自己の肯定、不安の解消、快楽の追求……それを行う理由は多岐にわたる。


・男の子

 部活動を退部する導入から始まる。ここでは彼の生い立ちや家庭環境が描かれている。そのねらいは作者の自分語りと共通する。情報量を重視した結果、序章なのに詰め込みすぎてしまったのね。この作品を読む人にとって大きな障壁になる。読みたくなかったら無理に読まなくていい、なんて作者は言っているわ。



第一章

 イオギくんを含めた五人の主要な登場人物が出揃う章になっている。


・中学校の卒業式

 本章からは、章の最初が無音少女の視点になっている。卒業式を迎える彼女ときょうだい。双子であることが判る。あと、冒頭の夢の中で馬が暗示されていた。ここまで意図的にすべての登場人物の名前が伏せられているわ。


・クラスメイトたちと一学年下の後輩

 四月、私とイオギくんが居る教室から始まる。学校で毎日しゃべっているってだけで付き合っていると誤解されるものかしら。剣道部の女子に関する話は作者の実話。トンファーといえば「家庭教師ヒットマンREBORN!」のキャラクターに使い手が居た。きっと彼に影響されたのね。陸上部の男子の言葉の中で、語り手である男の子の名字がイオギだと明かされる。私もそうだけど、ここで語られるクラスメイトはみんな、実在のモデルが居る。


 回想で、一学年下の後輩の女子によって、語り手である男の子の名前がユウシュンだと明かされる。小さな体をしていても、あの子の運動能力は決して低くないわ。作者は運動のできる女子が好みなのかしら? 最後に放たれたのは「フェイダウェイ」というシュート。バランス感覚と腕力が必要とされる難しい技よ。


・女子バスケ部の練習、上履きをなくした女子生徒

 思春期のイオギくんが異性に興味を持っていることがほのめかされている。男の子の自慰行為ってこういうふうなの……。いえ、なんでもないわ。バスケ対決をした女子生徒がまた登場する。こんな分かりやすい嫉妬もあるのね。


 四月末、イオギくんは上履きをなくした女子生徒と出合う。過去の彼は粗暴な子供だったみたい。親切に上履きを探した謝礼として渡された白のDr.Grip。これ、作者の人が彼女のモデルになった人に上げた品らしいわ。作品の中で、渡す人を逆転させることで、彼女から彼への返却を暗示している。初めてこの部分を読んだ時、それを理解できるのは作者自身とその女性だけね。


・連休前の平日、放課後(夜)

 ケータイ小説の作風や文通相手とのことを語っているイオギくん。彼が悲劇しか書かないのは、失恋の経験が原因なのかしら。


 パソコン室を出た後のイオギくんは体育館を意識していたみたいね。一年生の女子生徒に抱いているものとは別種の感情だという。あの子のことは好きかどうかより、ただ「気に入った」のでしょうね。イオギくんがテニスに関係する部活をしていたことが示されている。練習量は他の生徒より多くて技量は高かったみたいだけど、戦略に疎いから試合で勝てなかったそうよ。不器用な人。


・バス停前→帰宅、休日に駅で待ち合わせ、移動、おうちデート

 休日に会う約束をした二人。その日、彼女はバスケ部の練習があったはずだけど、何かを決心したのはこの時ね。自宅に戻り、携帯電話をいじるイオギくん。メール友達「青」について語る。顔も知らないだれかでも文章だけでどうにかなることってあるわよね。安易に会おうなんて考えたら犯罪に巻き込まれる。特に未成年の人は相手と仲が良くても、顔写真や個人情報を交換するのは、やめましょう。作者の人も未成年の時にいろいろあったみたいね。


 五月の連休に入り、待ち合わせへ早めに到着した彼は周辺を歩き回る。知っているだれかと擦れ違ったみたいだけれど詳細は不明。午前八時って、意外と早いわね。彼女の服の着こなしは容姿と不釣り合いだわ。むしろ、それがいいの? イオギくんは飾り気のない長そで長ズボン、ただしプリントシャツだから安っぽい印象がする。スマイリーのこだわりはともかく、もっと自己主張を入れてもいいかもしれない。


 手持ちぶさたな二人は広場のベンチでしばらく座っている。このシーンは作者の人が実際に経験した場面らしいわ。あの子がした「ある提案」とは、おうちデートのこと。疲れたくない時にはいいかもしれないけれど、自由すぎて飽きやすいのが難点ね。あの子のタクシーの支払い方、飲み物の買い方……。普通の人と感覚がずれている。


 マクラギ家に着くと、イオギくんは手洗いとうがいを励行している。よそのおうちでは珍しい行いね。あの子は客人にコーヒーのおもてなしができるので育ちのよさがうかがえる。


・アルバイト、テストが近づく、昼休み、発熱する職場の先輩

 アルバイトをするイオギくんは労働に対してあれこれ理由をつけたがる傾向がある。理由なんて、仕事は仕事だから、で大丈夫。行動していれば結果はついてくるから。同じ職場で出会った男女って恋愛関係に発展しやすいそうね。勤務先に居る一学年下の彼女は勉強をあきらめていて、労働に生きる覚悟がすでにある。一つの賢さともいえる。生活で苦労している分、夢を見る余裕がないのね。体調を崩す前兆がある。


 テスト期間が迫り、イオギくんが私を誉める。勉強は、人に頼られ、自分を認めてもらえて、最も分かりやすい実践。やらされているのではなく、将来のためにやっておくといい。生きるための知恵も身に付く。成長を実感できた時に勉強が好きになる。きっと。


 五月から頻繁に一年生と顔を合わせていたイオギくん。いつも顔を合わせて話していたら、自然と仲良くなれるものね。


 勤務先の先輩が体調を崩してしまう。それを目の当たりにしたイオギくんは彼女を家まで背負っていく。住んでいる場所の景観を気にしてか、彼女は彼を極力、部屋に近付けたがらないの。だけど、心配性のイオギくんはただ熱心に病人の面倒をみた。それが彼女の目にはどう映ったのかしら。


・倫理の勉強、深淵をのぞいた、テスト期間に交換ノート、ファミレス

「実存」は「実際に存在しているもの」を指す言葉ね。ここでの実存は「人が自分自身の存在をどう自覚しているのか」を主題にしている。実在の考え方は人によってそれぞれ異なる。どれが正解というより、自身を納得させるためには哲学が必要だったのね。しかし、イオギくんは哲学の意味には執着しておらず、悟ったようなことを私に言った。さすがに看過できなかったわ。


 帰ろうとしたイオギくんの前にあの子が現れる。ずっと教室の外に居たみたい。「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」ニーチェの「善悪の彼岸」で有名な言い回しね。怪物と相対するとき、自分もまた怪物のようになってしまうこともあるから用心しなさいという意味。他人から悪意を向けられた人間は十中八九、悪意で対抗するわよね。イオギくんはあの子の性的欲求に触れ、自身も欲求に囚われてしまった。のぞかなければ、こうはならなかったでしょう。関わった瞬間から深淵は広がっていた。イオギくんが立ち去った後、私は廊下で彼女を足止めするために「イオギくんがここに戻ってきたら、これまでの競争も含めて私の負けでいいわ。今後、邪魔もしない」と豪語した。ところが、彼は戻ってきた。負けないと信じていただけに残念だった。


 テスト期間に入り、イオギくんは一年生の女子とも進展があった。彼は彼女の前髪が短くなっていることに気付く。さすがね。今時、交換ノートなんて珍しい。この二人には携帯電話でのやり取りがないわ。あと、このノート、作者の人が実際に作ろうとしていたものがモデルになっているわ。しかし、そちらは渡されることなく終わってしまったそう。


 勤務先の女子と食事へ行くイオギくん。二人の話が食い違うところで、彼女は「家での過ごし方」を「父との関係」と誤解していた。父と娘の家庭は、親が子供を性の対象にすることがあるみたいね。最悪な虐待。その予防策としては良好な親子関係を保つしかない。対応策としては「虐待の証拠(音声や映像、写真)を記録」し、親権喪失あるいは親権停止を家庭裁判所へ申し立てることによって、親の持つ権限を剥奪し、別の未成年後見人を立てられる。弁護士に相談するのも手だけれど、いずれにしても証拠がないと話が進められないわ。親と離れるための手段はちゃんとあるから、苦しんでいる人はあきらめないでね。



第二章

 物語の中核ともなる、構想の時点で最も長かった章。


・抽象的な夢、かとうりすう、ばしょ

 予知夢って信じる? 見た夢が偶然、現実と重なることがあるわ。予知夢が実在するとしたら、ESPの類いね。ESPとは「超感覚的知覚」、通常では知り得ない方法で情報を得る能力のこと。予知や千里眼、精神感応(テレパシー)が該当する。一年生の彼女が見ている夢には、馬の他に魔女やワタリガラス、ホッキョクグマが出ているのが判る。魔女は黒装束を着ているイメージがあるけれど、ここではスカイクラッドと呼ばれる裸の姿で描かれている。儀式における魔女の礼装は裸であるという言い伝えから。なお、スカイクラッドに性的な意味合いはないわ。言葉を話すワタリガラスは私かしら。体の大きいホッキョクグマはイオギくんの勤務先の女の子ね。


 かとうりすうという名前が初めて出てきた。ケータイ小説を書いている人で、悲劇的な終わりを描く人が居たのを覚えているかしら。彼女はノートに書かれたイオギくんの小説とかとうりすうのケータイ小説の文体の類似を感じ取ったみたい。文体は作者の癖みたいなもので、句読点の打ち方や段落のまとめ方、地の文の量や割合などからもはっきり表れる。しかし、句読点と段落には正しい使い方があるから、でたらめにすると不親切な文章になるから要注意よ。


 ばしょというのは、交換ノートに書かれていた詩の題名にあったわね。彼女が言っている「あなたのばしょ」というのは詩の最後の破られていた箇所に相当する表現なのかしら。詩的な意味で、この「ばしょ」とは心の住みかと例えれば丁度よさそうね。


・オオガラスの詩→鉄棒、アパートに通う、深淵をのぞいたその後

 私の話が終わった後、イオギくんの考えていたトートロジーとは「同じ意味を持つ言葉を反復させる」修辞(レトリック=文章や弁論を巧みに見せるための表現)の一つ。「よそはよそ、うちはうち」とか「頭痛が痛い(重言)」とかがある。重言は誤用として扱われるため、芸術分野ならともかく、格式張った文章では使わないことね。オオガラスの話をした後、私は彼を密かに追い掛けていたの。校庭にある鉄棒の、一番高い所で空中逆上がりや前回りを連続させてやっている。高所恐怖症を思わせる一文がある。去り際の彼に、私が伝えたかったのは「一人になると自ら絶望を求めるようになる」→「知識人との交わりで知見を広げてほしい」→「孤独や絶望は一人だけのものではないと気付いて」。伝わらなかった。


 アルバイトの後、あのアパートに通い始めたのね。ホッキョクグマの話をしてから、勤務先の女の子はイオギくんに甘えようとする。ところが、彼は中間テスト以降にあの子と付き合い始めていた。他の女子と二人きりでも平気なのかしら……。彼女はイオギくんに浮気をさせまいと追い出す。


 休日に会っているイオギくんとあの子。若い男女の興味はそういう事なのかしら。まだ彼女は生理(排卵および月経)を経験していない(※1)。この子の体の設定に相当苦労したそうよ。最初の排卵によって妊娠することもあるので、月経の経験がなくても妊娠しないとは言い切れない。あと、下の注釈は読まないでいいわ。あの子はただの遅発性思春期だから。


※1 十六才までに月経がきていないのは思春期が遅発(※2)しているか原発性無月経(※3)のおそれがある。思春期を遅らせる遺伝的要因に、脳が作り出すホルモンの量が欠乏している「カルマン症候群(患者のほとんどは男性)」がある。ホルモンを補充することで二次性徴を促せる。


※2 遺伝以外の要因では、染色体異常が挙げられる。人の細胞の核には22対の染色体と2本の性染色体、合計46本がある。通常の女性は性染色体XXを有する。これが2本でなく3本の場合「トリソミー」と呼び、1本で「モノソミー」と呼ぶ。男性が持つ性染色体XYのモノソミー(46,YO)の胎児は確実に死亡する。一方で、Xのモノソミー(46,XO)もしくはXXの片側の部分的欠落は、死亡例もあるけれど低確率で出生可能みたい。このXOは「ターナー症候群」と言われ、第二次性徴が来ないことや低身長の特徴を持つ。出産できる人も居るけれど、新生児の生死や健康状態が不安定みたい……。


※3 原発性無月経の要因には、ミュラー管(子宮や膣上部を形成する部分)の欠如あるいは処女膜閉鎖などがある。処女膜閉鎖では、排卵はしっかり行われていて、手術により改善する。思春期に遅れは生じないでしょう。生まれながらにミュラー管がない先天性の症状を「ロキタンスキー症候群(MRKH症候群)」といい、子宮が欠如しているため妊娠や出産はできない(※4)。膣を作る手術はあるけれど、本人がその目的をどう捉えるかによるわね。


※4 卵巣はあるので、代理出産により自身の子を持てる。しかし、現状では国内での代理出産は法整備が進んでおらず、規制が厳しく実施されていない。海外で行ってきたとしても日本では生んだ親が戸籍上の母と見なされ、生まれた子供と代理出産の依頼主の夫婦は、養子縁組あるいは特別養子縁組の関係になる(そのため、依頼主が離婚したなどで代理出産された子供が見放されるリスクもある)。


行為の後に彼女がトイレに行く理由は、おそらくお腹を下していたからかもしれない。精液に含まれるプロスタグランジンによる作用が腸を活性……これ以上は言わないでおく。とにかく、この場面も後々の伏線になっているの! 以上。


・クラスマッチ前日の昼休み、ケータイメール、クラスマッチ(1)

 私はイオギくんにすっかり嫌われてしまったわ。彼は相変わらず昼休みにふらふら出歩いている。反対に、例の一年生は居心地の悪い教室で過ごすようになったようね。教室の外であの子と出くわすのが相当嫌だったみたい。


 青とメールのやり取りをするイオギくん。2014年、スマートフォンが主流になり、折り畳み式のケータイを使っている人はすでに少数だった。メールの画面を文章で再現している。90年代より後に生まれた人たちは見慣れていないでしょうね。普段のイオギくんは地の文の量から考えて、他の登場人物に比べて口数が多いわけではないけれど、青との通話によって会話に慣れていった。好ましい成長ね。


 クラスマッチ当日、イオギくんはAくん(PG,PF,SF)とBくん(SG,C)、Cくん、Dくんの居るチームでバスケに参加する。二軍チームだったけれど、いい活躍をしてくれた。二試合目、イオギくんの三点シュートが流れを変えて勝利を掴んだ。Dくんの頭の上でボールが高く跳ね上がった瞬間、なんか妙な趣があったのよね。あと、バスケットボールで野球みたいな投げ方をするのは危ないのでやめましょう。午前中の試合が終わり、あの子と対立するイオギくん。私が声を掛けなかったら、二人は更に険悪な仲になっていたかもしれない。彼はあの一年生に対して迷いがあるのね。その後、体育館に戻ってきたイオギくんの既視感は二人が初めて出会った場面を示しているのでしょう。




   4


(二章の続き)

・クラスマッチ(2)、敗北→仲直り、バイトやめたい、衣替え→女の子

 午後になり、バレーボールの試合が始まる。どうして男子たちは私を見ていたのかしら。イオギくんも居た気がする。その試合では一年生と私たち三年生が対戦していたわね。実力差があり、勝ち負けを簡単に覆せなかったとしても、一年生たちの仲間割れは見るに堪えなかった。まるで中学生なんだもの。責任転嫁したがる生徒は時々居るけれど、それで本当にいいのかしら。その一年生たちを集めて注意をした後、私はイオギくんのよく知る一年生の女子と顔見知りになり、会話をするようにもなったわ。


 バスケの試合であの子が上級生を相手に挑んでいる。しかし、健闘むなしく破れてしまう。それからイオギくんも同様に試合で負けてしまう。ここで作者は、ただ負けさせるのでは詰まらないから劇的な展開を描きたかったそうよ。負けても観客を湧かせるようなプレーは印象に残る。本文の「アニメの一シーン」というのは「黒子のバスケ」の緑間真太郎というキャラのロングシュートを指しているのね。彼みたいな人が続出したら、バスケットボールコートを引き伸ばすか、ボールの重量や規格に変更があるかもしれない。有り得ないと判っていても、それは嫌ね……。クラスマッチが終わり、イオギくんとあの子は互いの絆を深める。行事は人と人の距離を近付けてくれるもの。


 クラスマッチの日の放課後、イオギくんはアルバイトしている。こうして時々、主要な登場人物の一人を出すのも大切なのかしら。この時の文章の構成が不安定なのは否めないわ。進行が不安定だったみたいだから。勤務先の彼女の話に挙がる、学校の内科検診では、嫌な雰囲気の医者とそうでない医者が居るわね。恥じらいを見せるだけばかばかしいから、私は堂々と受けて、すぐ忘れることにしている。少し思い出してしまった。……むかつくわ。 


 六月になると衣替えがある。段々暑くなり、冬服ではとても過ごせない。教室でイオギくんと話していたら、彼は私の胸を時々見ているの。確かに、ワイシャツからだと目立つけれど。自制しようとはしていたみたいね。その後、あの子が教室に来てイオギくんを連れていく。初めて迎える月経を「初経」や「初潮」と呼ぶ。彼女は「女の子の日(=生理の日)」になぞらえて、女の子になれたと婉曲な言い方で報告している。事実上、初経を迎えた女性は妊娠できるけれど、骨盤が成熟していないうちはいずれにしても苦労する。お腹を切るなんて経験、なるべくしたくはないわよね。


・再びアパートに、土曜日の来訪、登校拒否へ

 アルバイトをやめようと考えているイオギくん。また彼をアパートに連れてきて、勤務先の彼女が甘えようとしていたら、隣の人が壁を叩いて注意しているみたい。イオギくんは交際相手のことを気に掛けている様子で、前に比べたら進展したと見ていいのかしら(他の女子と二人きりなのは変わっていないけれど)。この後、あの子からメールが来る。ちなみに、アドレス帳の話にある大蔵大臣で登録されている女の子は携帯電話を持っていないわ。その代わりこの部屋に固定電話がある。黒電話じゃないようね。アパートから帰宅途中にイオギくんが思い出している、腐れ縁の男の子は、序章の作者の自分語りで成人式に描写されている男性と同一人物よ。過去に書かれた作品では、他校に通う生徒「オウマユウシュン」という(馬+馬みたいな)名前で登場し、あの一年生の、双子のお兄さんと仲間たちとの日常が描かれていた。今回は作品の方針が変わったことで出番がなくなった。


 土曜日の朝、あの子と会う約束をしていたイオギくんは時間が過ぎても寝ている。彼女はすでにおうちに入っていた。ロングスカートが定着しているというのは、幼い雰囲気のする短いスカートを、彼女が好まないためね。容姿とは釣り合わない自己主張を徹底している。やはり、それがいいの? その後、彼は家庭用ゲーム機で遊んでいるわね。お昼前に、いい雰囲気になって、彼が泊まってもいいと言ってくれたのに、意外にもあの子は断っている。それまでの彼女なら喜んで賛同したでしょう。この時にはもう何かを抱えていたのね。


 翌週の月曜日、長かった髪型を大胆に短くして現れたあの子。大人っぽく見せるための絶対の要素だったロングヘアを切るなんて、イオギくんの家から帰った後に余程の事があったのね。その日の放課後、イオギくんは他の男子と会っているあの子を目撃してしまう。浮気現場というより、面倒事に関わっている雰囲気がするわね。彼に見つかり、声を掛けられた彼女は、もうごまかせないと悟り、学校に来られなくなった。あと、2020年の四月に作者がこの小説の更新を途絶えさせたのは、この話の後からね。


・最悪の梅雨入り、雨の勤務先、不登校のお見舞い、弱みへの対処法、~昼休み、~放課後(1)

 イオギくんはあの子が学校に来ない事が相当ショックだったみたい。ただでさえ細いのに、何も食べないでいたら体に良くないわ。彼は一年生の教室に行き、彼女にあの子のことを聞きに行く。そこで対応してくれた女子生徒が居たわね。クラスマッチのバレーボールで真剣に取り組んでいたから印象に残っている。名前は仲澤優琴で、名前をユキと呼ばれることが多いけれど、本当の読み方はマコト。あと、例の一年生が協力を拒んだのは、あの子に恩を着せないようにするため。相互不干渉で居たかったようね。イオギくんから諸々の事情を聞いた私は行動に出た。


 アルバイトを終え、イオギくんが事務所に戻ると、いつも話している仕事熱心な女子が居た。機嫌の悪かった彼から、その理由を聞いたら、お金をためらいなく貸してくれたわね。深い考えがあるにしても、ないにしても、いろいろな意味で恐ろしい。もしも、イオギくんがこの子と一緒になったら、きっと働かなくなってしまうでしょう。


 あの子が不登校になるという案は過去作にもあった。そこからイオギくんと仲良くなる設定が用意されていたのね。今回は進展のないまま引き返す話になるけれど、イオギくんがお見舞いに来てくれて、あの子はうれしかったでしょう。ここまで、作者は四月末の段階で書き上がっていたけれど、「Avakin Life(※)」に没頭していたため、五月の中頃まで続きは書かれなかった。

※ 自分好みのアバターを制作し、家を持ったりお出掛けしたり、他のプレイヤーともチャットで交流できるオンラインゲーム。服やダンスのモーションが凝っていて、その分、お金はかかるけれど、馴染むと抜け出せなくなってしまう、おそろしいアプリゲームね。英語を使えると異文化交流も楽しめる。ゲーム内で日本人を見た外国の人は、好きなアニメの話をしてくるそうよ。Fateシリーズが好きだというオタクな人も居た……って、話が長くなりそうね。


 マクラギ家から一旦学校に戻り、帰宅した後、イオギくんはアルバイトに向かう。遅刻したのに店長からそれほど怒られなかったのは、勤務先の女子生徒が事前に報告してくれたからね。仕事が終わった後、おうちでのあの子の様子が彼女にも共有された。その結果、あんな無茶な作戦を企てたのね。愚か。借りたお金を早めに返すのはいい心掛け。


 その次の日、私とイオギくんがまた話し合っている。イオギくんの見舞いがあってもあの子の登校拒否は改善されなかったことと、学校に来なくなる前日の放課後、中庭で男の子と話していたこと。それらを考えたら、ある仮説が浮かんだ。リベンジポルノ(※)かそれに相当する弱みを握られていたのではないか。しかし、私はイオギくんにそれがあの子と別れる好機なのだとも伝えた。

※ 結婚や交際をしていた相手の、性的な写真や動画をインターネット上に公開する報復行為を指す。復讐ポルノとも言われる。一度広められた情報は消すのが困難で、現代の科学技術が生み出した負の側面ともいえる。


 昼休みになり、私は彼にお弁当を分けてあげた。嘘を付きたくないとは言ったけれど、素直にそうと認めたくない時もあるわね……。イオギくんでなければ、こんな振る舞いはしなかったでしょう。矛盾、なのかしら。


 放課後になっても、私たちの話し合いは続いていた。すると、廊下にあの一年生の姿が見える。彼女はイオギくんの居る教室がどこか分かっていないのね。それから一階に向かった二人の後を追い掛けた私は、彼女に耳打ちをした。イオギくんのために力を貸してほしいと頼んだら、快く引き受けてくれた。一方、彼が向かった校門前では勤務先の女の子が来ていた。私たちの学校から自転車で一時間以上離れた場所に住んでいる、彼女は違う高校に通っているのが服装から判るわね。ちなみに、「けり」というのは古語で使われる助動詞のことで、文章の末尾に来ることが多かった語だから「けりをつける」とは「決着(=けり)をつける」という意味でよく使われる。


・集合した放課後、別れ際の後ろ姿、学校の外

 イオギくんが勤務先の女の子に体操着を貸す場面から始まる。これなら他校の生徒でも目立たずに侵入できそうね。しかし、教科担当の先生は仕事柄、複数のクラスの生徒を記憶しているだろうから、気付かれる可能性は高い。教室にたどり着いたイオギくんに私が言おうとしていたのは「どうしてあなたは、また違う女の子を巻き込むの」みたいなことね。彼の場合、偶然が重なったから仕方なかったけれど、問題を増やさないでほしいわ……。なお一年生の女の子が協力者になってくれた理由は、三章の彼女の視点でも語られている。義理堅い子なのよ。それから四人で話し合っている時に出てきた「緊急避難(※)」というのは正当防衛に近い。それらの違いは、行為者が本人か第三者であるか。

※生命や社会生活に関わる危機的な被害を受けている者に代行して、だれかがその相手に相応の仕返しをする状況は緊急避難といって、正当防衛と同様、与えた損害を一定の条件下(受けている被害を上回らない範囲内の対抗)で罪に問われない。これを「違法性阻却事由」という。しかし、相手に損害を与えずに済む他の手段があった場合は「やむを得ず行った」と見なされないため、緊急避難が適応されない。これは正当防衛より条件が厳格で、急迫した危難に対してのみ有効なのよ。


 話し合いが終わり、体操着の女子は先に校舎を出ていき、イオギくんは一年生と廊下に居る。イオギくんの「好きな人」を、私から聞いたと彼女は言った。彼が教室に来る前に話していたの。「上履きをなくしたあなたの事を心配そうに話していた」と。クラスマッチの時も熱心に見ている描写があったわよね。私は彼の好きな人がこの一年生だとずっと思っていて、根拠を踏まえて伝えた。そして、彼女と二人きりになったイオギくんは気持ちが爆発してしまった……。彼が抱き締めようと手を伸ばした時、担任の先生が現れ、果たされずに終わる。じれったいわね。その後、なんと彼女からイオギくんに口付けをするの。彼に(ここぞという時の)「好きだ」を言われたのがうれしかったのね。うなだれた顔の位置が丁度よく身長差を補ってくれた。ほんのわずかな間でも相当驚いたでしょう。


 体育館に去っていく彼女の後ろ姿を見届けたイオギくんは待たせている女の子のもとへ向かう。彼が遅いからすでに着替えを済ませていたのね。彼女は私のことが嫌いみたい。どうしても気の合わない人は一人か二人居るもの。私は特に好きでも嫌いでもなかったけれど、無鉄砲な行動で首を突っ込んでほしくなかったわ。本来は、私とあの一年生だけで解決できたことなのだから。ここでもまた好きな人を指摘されたイオギくんは興味深い例えを思い浮かべている。酸素と水分。どちらも欠けたら生きていけないわね。強いて言うなら、酸素が欠乏したら人は長く生きられない。イオギくんの言う「その時になるまで気付けない」というのは、それまで酸素が欠乏していた自分のことを言っているの。この酸素がだれを意味しているのかは本文に書いてあるわ。


・七月、別れた寂しさ、変わり果てた……

 時は過ぎて、梅雨の明けた七月。イオギくんとあの子は仲良くお弁当を食べている。彼女が登校を再開したのは六月の終わり頃。私たちが何かしなくても、彼としばらく過ごしたら、こうして別れ話をするつもりだったのでしょう。この後、別れる必要がなかったのを悟り、イオギくんに執着するようになるけれど……。また後で解説するわ。


 恋人と別れた後って心が弱ってしまうものね。特に、イオギくんも好きになった相手に依存するタイプ(=寂しがり)だから、さぞつらかったでしょう。まだやめずにアルバイトを続けていたみたい。やはり深く考えなければ、どうにかなるものよ。勤務中に泣いてしまうのはさすがに重症ね。レジの近くでそれを見ていた彼女が、仕事終わりに彼を誘う。外食の後、夜間外泊をする流れになるけれど、学生の行いとしては感心できないわ。これも若さゆえの過ちなのね……。ところで、彼女のアパートにはお風呂がない。日頃、一人で苦労している分、熱で倒れた弱い面を見られた、イオギくんに対しては依存しやすくなっているのかしら。布団に入っても彼は軽はずみなことをしなかったわね。優しい男子でよかった。


 七月の期末テストが終わり、もうあの子と別れてから二週間は経ったイオギくん。昼休みに一年生の教室へ行き、彼はそこに居る彼女から大体の話を聞く。あの子の問題を解決したのはよかったけれど、その代償に彼女は悟りきった表情で周りに解け込んでいた。SDカードをもらった後、心当たりのありそうなイオギくんは教室に戻り、私を睨み付ける。他の人には聞かれたくない話題だったから場所を変え、私が詳しい事情を彼に聞かせた。私の話した内容は三章の彼女の視点で詳しく語られている。私はそれらを無事に解決してイオギくんと一年生の彼女が仲良くなってくれると信じていたけれど、考えが甘すぎた。期待以上の成果を挙げられたものの、他人の欲や願望に触れすぎて、もう彼女は自我の崩壊が進んでしまっていた……。




   5


第三章

 一章とは対極で、登場人物が静かに消えていくような章


・夢(1)、夢(2)、六月のこと、性嫌悪

 魔女の正体が「欲望」だと告げ、ニーチェのあの言い回しを引用したワタリガラスが、言葉巧みに彼女をそそのかして欲望への終止符を打たせている。これは作者が最も書き表したかったことらしいわ。欲望を完全に消し去るためには大きな喪失を経験しなければならない。「喪失を知る人は欲しがる虚しさに気付く」得ることは、すちわち失うこと。欲しがった分だけ失うのが宿命(=虚無)だと言いたかったみたい。生者の迎える死もそれを体現している。


 夢から覚めたら夢なんて珍しいこともあるのね。彼女にとっての「樹海」とは、一生避けられない人間同士のしがらみやあらそいを象徴している。自身も樹木へと変わりゆき、だれのばしょにもなれなかった、と絶望にたどり着く。


 夢から覚めた後、彼女は現実のことを振り返っているわ。私があの一年生を普通の生徒に変わる流れを作った。賢く生きられる手段を教えてあげた。あと、イオギくんが彼女にした質問が明かされている。あの子は「根っからの悪人」ではなく、欲望に囚われる以前は一年生の彼女のように周囲と馴染めずに一匹狼をやっていたのね。しかし、高校生になった後、異性との交際を経験しておかしくなってしまった。その一翼を担った男の子には、私たちが三人で止めを刺した。スマートフォンのロック機能を解除させるためにメッセージで長文を読ませ、その間にもう一人が彼からそれを奪う手はずだった。私と一年生の二人だけではうまくいかなったでしょうね。イオギくんの勤務先の彼女、腕っぷしが強いってレベルじゃなかったわ。「強さの象徴」だった。


 男の子のだらしない姿を目の当たりにして、しらけたみたいね。その末に彼女は自分が何を求めて生きていたのか解らなくなった。この部分は作品の中でも性嫌悪の色が強いわ。体の関係を求める男性が女性を凡庸な存在に変えてしまう。「行為をする」=「樹木に成り果てる」→「欲望」or「虚無」そうした「欲に擦れた大人」とは違って、子供の頃はだれだってそれぞれの生き方に素直だったはずなのにね。作者はヒーローになりたかったみたいだけれど、現実では今までずっと悪役止まりだと少年時代を振り返っているわ。


・会おうか、別れの終業式

 イオギくんがメール友達の「青」と久し振りにやり取りをしている。彼女の好きな人が自殺願望を持っているという話を聞かされ、彼は強い抵抗を感じている。死にたくなる理由なんて本人にしか解らない。それでも周りの人は自殺を容認してはいけないわ。認めたら、人は生きることを軽視する。がんや重い病気により安楽死・尊厳死をするのは「そうするに足る事情があるから」であって、それ以外の理由による乱用は許されていいはずがない。つらいからいいだろうなんて考えは捨てなさい。生を授かったのであれば、生を肯定し、無に向かわず、無を見届けるのよ。


 終業式が終わり、私は教室で日本史の勉強をしている。イオギくんがおかしな発言をした教科ね。しかし、彼とは折り合いが悪くなり会話も少ない。責任を感じているの。一年生の子に、いろいろやらせるべきではなかった、と。他のだれかにやらせてもうまくいったとは思えないけれど……。私は外見には自信がないし、男性とうまく関われる方でもないから難しい。イオギくんと仲良くなれたのは本当に特別だったのよ。彼が教室を出ていくと、近くにあの子が待ち構えている。SDカードはすでに彼女に渡り、別れなくて済んだ事実と、あの一年生に助けられたことを知り、動揺したでしょう。普通の態度でイオギくんと関われるはずもなく、おかしくなってしまったのね。先に階段を降りていった彼は一階の靴箱付近で一年生の女子に会う。待っていたのか尋ねられて彼女が「違う」と答えたのは照れ隠しのつもりね。会話の最中にあの子が現れ、スマホの動画を二人の前に見せつける。きっと一年生がイオギくんに見られたくない内容が映っていたのね。なお、彼が私に話し掛けたくだりがあり、その間に他の生徒はみんな帰った後だった。


・夏休みにプールへ、公園

 七月か八月の夏休み中に、イオギくんは同じ勤務先だった女の子とプールに来ている。彼女に誘われて来たのね。七月始めにあの子と別れた、彼との距離感を縮めようと張り切っているみたい。仕事熱心な人は休日の息抜きも上手。……Dとか言ってる彼女より、私の方が一段階大きいわ。別に競っているわけじゃなくて事実よ。女の子の胸が大好きなイオギくんは、ふざけてばかりでもなく真剣な話もする。近々、メール友達に会う予定だと伝えたのね。それを聞かされ、いまだに彼女は自分が恋愛対象として見てもらえていないことに気付き、元気がなくなる。プールを出た後、彼女たちはレストランに行った。もう部屋着については語られたけれど、彼女の私服が描写されたのはこれが初めてね。アメリカンでスポーティーな着こなしが本人の髪型や性格とよく合っている。積極的な雰囲気でも喜びと哀しみの浮き沈みが激しく、男性経験は浅い。こういう子が調子のいい男の子に遊ばれちゃうから用心してほしいわ。


 バスに乗る時、彼女に視線を釘付けにされた乗客が居た。どういうつもりで見ていたのか、肯定的でも否定的でも過敏な反応ね。そこで干渉するような発言をされたら注意しなさい。女性の肌を意識しているような男性は良からぬ考えを持っているのが大半だから。しかし、無意識でいるのもまた難しいでしょうね……。それから電車とバスを乗り継ぎ、彼女は私たちの通う学校付近で降りる。近くの公園に移動した二人は大事な話を始めた。女の子がイオギくんに「依存」しているのがよく判る場面ね。依存の何がいけないのかというと、関係性をそれ以上深められないこと。従属が彼女の心の自由を妨げ、個人の意志を持たぬ「人形」にしてしまう。男性のおもちゃになっている女性は共通して、そういう状態にある。軽薄な男性ほど女性を支配することに快楽を覚えるかもしれないけれど、人形になりかけてしまった一年生を見たイオギくんには、支配や依存は憎むべきものだっ た。恒久に続く愛は、そんな猥雑な関係にはないと気付いたのね。彼女も一方的な依存ではなくて、本心でぶつかり、認め合えるような人と一緒になるといい。


・新宿駅、人間はみんな馬鹿、お昼時、橋の向こう側へ

 メール友達の青ことヨシカワアオイが初登場する。しかし、それもこのお話だけ。イオギくんは新しい出会いに期待していたのでしょうけれど、同族嫌悪に陥って気まずくなっている。二人はお店に移動した。ところで、コーヒーショップやレストランに長居する人って、時間をあまり気にしていないように見えるから良い印象がしないのよね。パソコンを持ち込んで仕事をしているような人(※)も居るけれど、時間に追われ、一日ずつ目標を持って仕事をする方が成果は挙げやすいと思う。日本で重視されるのは仲間同士で協力し、責任感を強く意識できるオフィスワークなのよね。自由な働き方もいいけれど、社会に貢献してこその自由であってほしいわ。

※ ノマドワーカーといい、Wi-Fi設備の整ったお店で、パソコンやスマートフォン、タブレットなどを用いて時間や場所に囚われない仕事の仕方を実践している人たちのこと。ノマドとは遊牧民(=移動型の牧畜をする人たち)を指す英語から。


 イオギくん、私に対してはここまで饒舌に話さないのに、彼女に対しては随分とおもしろいことを言うのね……。それじゃあ、私も馬鹿ってことかしら。これが彼なりの実存主義だと思えば、解らなくもない。実存が無神論を基にして考えられるのならば、すべての生きている人々が背負っている罪は、本質に先立って構築された実存とも言えるわね。しかし、その罪はだれが罰するというのでしょう? 普通、生存を罪と見なす人は居ないから、罪を罪だと感じずに生きている。よって、私たちは馬鹿なのね。つまり、生きることがすでに罰なのよ。もちろん、サルトルのいう自由の刑なんてものも最初からない。あるのは生涯に及んで罰(=生きること)を受ける苦しみだけ。イオギくんの皮肉は仏教の悟りに近いものを感じる。「自殺する人は自覚なく、都合のいい何かに希望を抱いたからこそ、大きな絶望をする。ならば、始めから何も望まなければいい」そう断じる作者も相当に病んでいるわ……。


 新宿駅近くにあるサンマルクカフェを出たら、なんと二人は徒歩で千代田区の神田神保町へ向かい始める。新宿からだと速く歩いても一時間は掛かるでしょう。作者も、一年生のモデルになった人と街中を歩き回る経験があったみたい。イオギくんたちは新宿高等学校が見える交差点から都道302号へ合流し、市ヶ谷橋手前まで行く。道中にある防衛省市ヶ谷地区は例の演説(1970年)が行われた場所で有名(詳しくは書きたくないわ)。二人は市ヶ谷橋の近くのモスバーガーで昼食を取り、また会えるか話している。この「冬」というのは、彼女のモデルになった人と作者が頻繁に連絡を取り合っていた時期に由来しているそうよ。あと、読書の話題になる。森博嗣といえば、工学博士としても有名な人ね。読書については、あの子の解説で語られたから触れないでおくわ。


 市ヶ谷橋を通り抜けると千代田区へ着く。日本武道館や靖国神社があり、そこを過ぎたら古本屋が並ぶ神田神保町に到着する。ちなみに、本屋なら新宿駅のすぐ近くにも「紀伊國屋書店 新宿本店」(ビルになっている)があるわ。この後、二人は古本屋デートを楽しんだらしいけれど、進展はなかったそう。気が合う異性が居ても恋愛と無縁なのは互いに異なるものを欲しているからかもしれない。



第四章

 変化と終焉をもたらす「転」(結はない)に相当する死の章。


・ああああああ

 解説なし。


・蹴り、喪失

 人気のない場所で、イオギくんはあの子を痛め付けている。やり過ぎ……。人の体って意外と丈夫なのね。彼の性格は優しさより乱暴さが勝り、言動も行いも荒々しさが目立つ。この変貌は作者が無音少女のモデルなった人にした仕打ちを表している(愛情の喪失→憎悪の表出)。目付きもすごく怖くて、周りの人は極力声を掛けたがらないわ。この時の彼に絡もうとしたら間違いなくケンカになるから関わらないのが一番よ。


 一方で、あの子の顔付きはイオギくんへの執着を強め、すでに普通ではなかったの。魔女のような恐ろしさを放っていた。粗暴な男の子でなければ、彼女の言う通りになってしまったでしょう。もう彼は女の子に関心がなければ、性にも全く興味がないみたいね。怒りに相反して、一人になると寂しい思いが強まり、家ではずっと泣いているのかもしれない。


・ゴースト、お別れのハグ

 ややこしいお話ね。すでに冒頭で女の子の自我は別の魂に支配されている。私だったら、あの怖いイオギくんのみぞおちにパンチするなんて度胸はさすがにないわ。本来の体の持ち主なら、依存していた彼にだけは、どんなことがあっても暴力をしなかったでしょう。あと、彼女を学校に来るように電話をしたのは私だった。二人は校門から公園に移動して会話を始める。彼は彼女が別の人間が乗り移っていることにしばらく気付かないわ。イオギくんの、性行為をしない理由が、何事にも終わりがあるから終わらせたくない気持ちの一端だったと説明している。物事には手順(※)があって、それを飛ばしていきなり性行為を経験するのは賢明ではない。特に十代の人は判断力も未熟だから早まらずに、自分の体を大切にしてね。

※ まず、相手の長所と短所をよく知ること。相手が好きな人だと長所しか見えなくなるけれど、好きになる以前の「目」を持ち、冷静に観察していくことで、したくなかった失敗を避けられる。


 霊が体から放れ、自我を取り戻した彼女。イオギくんのことが心配で来たのね。私が電話をした後から自我は薄れていたみたい。ここからはホッキョクグマや家庭環境の話をしている。クマはメスが仔グマを育て、オスは育児に参加せずどこかへ行ってしまう。彼女の家庭はネグレクト(※)が疑われる。クマみたいに父親に襲われなかっただけ増しかもしれないけれど、普段関わる家族が居ないのも寂しいわね。ちなみに、母子家庭や父子家庭は離婚以外にも、配偶者と死別することでもなり得る。片親の家庭で再婚するのは男性より女性の方が多い傾向にあると聞くわ。そのため、娘が母親の再婚相手の男性(義父)から性的な暴力を振るわれるケースもありそうね……。クマで例えたら、わざわざ危険なオスを巣に連れてくるようなもので、人間よりクマの方が賢いことになるわね。余談だけれど、一年生の女の子は母子家庭で描かれていたわね。作者がモデルになった子の性格からそういうふうに推測しただけで、本当は両親がそろっていた可能性も少なからずあったかもしれない(あるいは、母親が再婚した家庭だったとも)。

※ 育児放棄。子供の衣服や食事の世話をせず、放置すること。


・カラオケボックス(1)、ノート、夏休みの登校日

 ダンテの「神曲」の話から始まる。その作品はイタリアの名作で、現地では高校の教材としても成り立つくらい、内容が高く評価されているの。それをカラオケボックスで語り合うのもなんだか奇妙ね。カラオケボックスの個室って、なにか良くないものが出てきそうで怖い。私が唄った曲はアニメソングだった。前奏がゴキゲンな曲って案外と見つからず、まだこれという設定はないわ。イオギくんは「らぶ・いぐにっしょん」(初音ミク)がきっかけで、そこまで有名なボカロP(※)ではない、すこっぷという人の曲をよく聴いていたみたい。

※ ボーカロイドを使って音楽を作る人。この小説の作者のイメージではsupercell(ryo)やlivetune(kz)、OSTER project(ふわふわシナモン)といった、イメージがあるそうよ。2020年現在でもDECO*27の人気は根強い。唄える作り手(シンガーソングライター)としてハチ(米津玄師)やEve、まふまふがボカロPに留まらない突出した才能を見せ始めている。n-bunaもヨルシカというユニットでメジャーデビューしてから徐々に頭角を現しているわね。近年では亡くなったボカロPも居て、時代の流れを感じるわ。


 私は一年生の彼女が去った日の放課後に、その現場でノートを拾った。何かに呼ばれていると感じたの。電車による自殺をしばしば人身事故と表現される……。本当にそうだったのかしら。呼んでいたのは彼女ではなく、形容しがたい何かだった。幽霊って信じる? 私はすごく苦手だから、学校でそういう話をしていて、その弱点をあの子に知られるのが嫌だったわ。結果的に、カラオケボックスで異常な事態を招いた。あの時の停電が偶然だったとしても不気味ね……。


 ノートを見ているイオギくんの、回想は八月下旬の登校日のこと。この日、彼が終業式の帰りに預かっていたノートを彼女に返した。下校直前、ひと悶着あったみたい。現れたあの子は一年生とイオギくんが親しくなるのを見通して、どこまでも邪魔をしようとする。この作品におけるあの子は、二人の関係を割くための「歪んだ愛」を象徴している。そのため、この作品のイオギくんは過去の作品の時とは違い、一年生の彼女に対して思いきった愛情表現をせず、終始、慎重な姿勢で接するの。校庭や校舎で二人きりの時にイオギくんから彼女を抱き締めてあげるくらいはしてもよかったのに。純愛と性愛の中間、その距離感がすごく難しいわね……。


・停電した、カラオケボックス(2)

 突然起こった停電は数分で復旧した。ドアを叩いていたのはあの子だった。心の弱い部分に付け込まれ、悪いものが彼女を突き動かしていたのね。もしかしたら、これまでの振る舞いもソレの仕業なら、本来の彼女はまともな少女だったかもしれない。そういうこと、作者の人も経験があるみたい。霊的なモノとは断定できないけれど、常に悪いことを考えてしまう心境ってあるのね。何かに取り憑かれているのだとしたら、それに負けない強い精神を鍛えていかなければならない。


 カラオケボックスを出た私たちは駅の方へ向かう。そこでノートの内容を聞かされた時は驚いた。もしも、中をのぞいていたら、私はトラウマ(※1)を抱えていたでしょうね。いつからか彼女には悪いものが乗り移っていて、その後に元々の宿主だったあの子の中へ戻っていき、カラオケボックスに再び現れた。イオギくんがソレを退けたことで、ようやくこのお話は完結できる。なお、カラオケボックスは、あの一年生のモデルになった女の子と作者が一緒に過ごした場所だった。作者にとって、暗い個室に潜んだ悪いものの正体は、彼女を失うに相当するメタファー(※2)であるそうよ。

※1 心的外傷。心の傷。

※2 隠喩。




解説を終えて

 細かく指摘できる箇所はいくつもあったけれど、この解説はそこまで必要なかったように思えるわ。読者が解釈する楽しみもあるのだから。しかし、小説はおもしろいわね。長編でなくてもいいから、これからもいろいろな作品を作ってみたらいいのに。時間がない? もっと上手に予定を組んで書いていく努力をしなさい。そうすれば、無理じゃない。




 どれだけ失っても進んでいくしかない。


 書こうと思えば書けたのに六年間も何を見てきたの? 時間の流れは決して止まらない。「今」に目を背けないで、最後まであなたはあなたで居なさい。喪失は生涯を通して大きな成長に繋がる。




   6


ごあいさつ オオクラ

 おいらが最後かあ。ちょっとうれしいかも。まだ先輩のことが忘れられてないけど、時間が止まらないなら、いろいろなことがかわっていく中でどうにかしないとだめなんだ……。おいらはカコサクやありえたかもしれない世界、作品がセイサクされるまでを話すよー。先輩ににてる、かとうりすうさんがいるからちょっとキンチョウするけど、言われたとおりにガンバる!




過去作

・2014年~「三角関係」

 最初の作品では、先輩とミチが高校一年生として書かれてたんだ。じゃあ、おいらより後輩だ。同じクラスになって、一年間は友達のまま、二年生で付き合って、三年目でお別れするながれ、だったかな? 一年生で付き合って、終わりにする案もあった。途中からどんな出来事を書けばいいのかわからなくて、最初の夏休みに入る前にはトンザしちゃったんだって。ワダチも二人と同じクラスのキャラクターで出てくる。ここでもミチとは仲がわるいけど、休み時間の教室でいつもヘッドホンをしているような、音にビンカンな、孤独な女の子としてえがかれる。なんかこっちのほうが無音少女っぽいね。ワダチのお部屋では、ベッドのうえで先輩が犯されるえっちな場面もあって、って……やだやだやだー! あと、あのクジョウって人がワダチから先輩を守る役だって。


・2017年~「血清」

 何年間もせいさくを凍結していた。今度はえっちな描写をいれるかいれないかで判断がわかれる。先輩とミチが一年生の設定はそのままで、入学式の日に運命的な出会いをする。あこがれるなあ。先輩ががんばって話しかけつづけて、ミチと付き合う。結末はふたとおり用意してあって、しあわせに高校生活を送って終わるのと、転校するか行方不明(ユウカイ?→山の中で発見される)になっていなくなって終わり。どちらも最初の一年間で終わる。先輩がミチにランボウするえがかれ方もあり、その先から書けなくなってしまったんだね……。書かなくてよかったと思う。


・2020年「無音少女」(初稿)

 ヤクワリ分担をすることで話作りの糸口をみいだしたんだって。ミチは永遠の理想的な少女として、ワダチは避けるべきヨクボウの少女として、クジョウサンは日ごろのクラスメイトとして。おいらは人生の嫌なことに対する姿勢として……よくわからないなあ。孤独や労働? んー、そういわれてみればそうかも。えへへ。あっ、それでね、クラスメイトはクジョウサンがひとりで担当して、ミチとワダチは違う学年に変わったんだ。学年が違うと、クラスメイトだったときより、えがける幅が増えるんだ。九月で終わることになったのには意味があるのかな?




「無音少女」の完結

・ミチが自殺してしまう

 これが本当の終わり方、だって。おいらは先輩を支えてあげたかったのに。こうなるとほかのだれとも一緒にならないんだ……。


・ミチが自殺し、ワダチが無音少女となる

 ヨクボウをコクフクしたワダチが「無音少女」として、また先輩と付き合って、高校を卒業したあとには体もすっかり成長して、ミチと同じくらいの髪型や身長になる、っていう終わり方もあったみたいだよ。


・イオギユウシュンの死

 先輩が死んでしまう、終わり方。自分からじゃなくて、なにかが起きて死んじゃうんだって。地震とか火事とか事故とか……。死んじゃいやだよ!




結末の理由

 しあわせな終わりは許されない。


 おいらには、先輩がわるいことをしたようにはとても見えない。ちょっとでもヨクボウに目を向けてしまったら、しあわせになれないの……? 生きていたら、まちがうこともあるでしょ。寂しくなって体をよせあって、抱きしめたりキスしたり。ひとつになりたいって思ったらだめなことなの?




制作をするまでの過程

・2014年

 まだ実家に暮らしていたんだ。車を運転して工場に行って仕事をしていた。ところで、ハケンって? ヒセイキコヨウ? よくわからない。そのままつづけてたら、しっかりお金もたまったのにね。おなじ職場を往復するのがいやで仕方なかったんだって。こういうのは慣れだよー。


・2015年

 夏になってから一人暮らし。怒りっぽくて頭のわるい家族にしばられるのがいやになったんだ……。アパートで一人って寂しいよね。ぜいたくしなくても、毎月何万円も家賃がかかるし。とりあえず単身寮のあるお仕事でドクリツかあ。住みごこちはわるかったみたい。壁や天井がうすいところって、すっごく物音がひびくよね。


・2016年

 格安賃貸へ引っ越してフリーター。新しい一歩って感じがする! でも、働き盛りの男なのにフリーター、っていうイメージが、そんなによくないのが現実なんだ。女性は必ずしもそうではないって? そっか……。隣に住んでいた女の話し声が気になる? んー、それはどうしようもないね(笑)


・2017年

 フリーター(深夜)。秋まで自転車を買わず、バイト先のオウフクでたくさん歩いた。おいらもそうだよー。いたずらされたり劣化したりするのをもったいなく思って、購入に踏み切れなかったんだって。「バイトのある日は毎日12キロ以上歩いて(走って)いたのに、仕事をする上でなんの強みにもならない」そうだね、経験は目に見えないからね。


・2018年

 フリーター(夕方~深夜)。引っ越して接客業でれんじつたくさん働いた。お客さんって気分がころころ変わるからめんどくさいよねー。でも、一生懸命やったらほめてもらえるし、やりがいはある。職場内の上下関係がひどい。わかるわかる。親分みたいな人がひとりはいる。ベテランで仕事もそこそこできるから自信満々なんだよー。店長よりえらそう。


・2019年

 夏ごろには、フリーターをやめてホームレス(知り合いの家にいそうろうしている)。もうできる仕事が見つからなかったんだ……。見つかってもドタキャンされた? さいあく。やらなくてよかったね、そのバイト。最後の一人暮らしでは、隣に住んでいた高齢女性がひきこもりで、大声で独り言をよくする変な人だって。そのあとは住み込みの仕事を探していたけど、採用がダブルブッキング(※1)したりゲキム(※2)だったりでだめだったんだ……。うまくいかないね。


※1 住み込みの派遣と近場のバイトが同じタイミングで採用されたが、就職後の出費の割合を考えて近場の方を選んだら、契約書類(郵送で届いたものを確認したら、自分に関するすべての個人情報)を提出しなければ雇用継続できないと言われ退職し(雇用契約書に明記されているため合法)、住み込みの仕事にまた応募しようとしたら派遣会社の担当から「てんびんにかけてたんですね」と言われ、もう仕事は紹介してもらえなくなった。

※2 都内の新聞配達。待遇は比較的良心的だったが、配達に慣れないうちは時間内に配り終わらない。働き始めて間もなく、まだ深夜に起きるのに体が慣れる前から配達をやらされ、道順も考えなければならず、仕事に熱心な人でなければとてもできない。


・2020年

 ホームレス(いそうろう)。また工場のハケンだって。外国人労働者(中年・女)がイアツしてくるみたいで、がまんしてやってたけど、すごく働きづらかったって。親切な外国人さんもいたよね。ただでさえ工場の仕事がいやで、続かなくなったんだ……。ゲームばかりやってて、仕事をしたくなくなった? ゲームを処分してから、また働こうと思ったら新型コロナウィルスっていうので、できそうなバイトがほとんどなくなったって。だから小説を書くしかない状況で、ジサツも考えてた……えっ。




欲望が生む喪失(主題)

「感情や個性を持って過ごしていても疲れる」って。仕事をしていると、感情や個性がジャマをして動けなくなってしまう、ジイシキカジョウ……? そうじゃないと思うよ。自分のこともほかの人のことも、考えすぎってくらい考えて生きてたんじゃないかな。なにも考えないでいたほうが楽だって、クジョウサンは言ってたけど、考える力があるならそれを生かしたほうがいいよ! そんなのだれも求めてない? そうやって落ち込まないの! ジシンカジョウなくらいでいいんだよ。


 かとうりすうさんはシンケイカビンで、それをおもてに出さないようにしていたから疲れやすいんだね……。それが爆発して荒れたり沈みこんだり。おいらは仕事のいやなことはがまんしちゃうし、「むかつくー!」ってことがあったらとにかく体を動かす。ジサツなんかより、できること、もっとたくさんあるよ。せっかくここまで生きてきたのに、まだいなくならないで。どれだけ多くのものをなくしても、手に入れたものもある。




 苦しまないで過ごすことより多く苦しんだことに誇りを。


 ケガや失敗をしたことのない人って、すごいけどすごくないよ。たくさん挑んで、傷だらけになった分だけ強い。生きて、ちゃんと反省すれば、どんな失敗も無駄じゃない!