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明見M (3)

 淫ラニ破レル瓜ノ功罪


1 


 待ち合わせ場所は駅前でした。そのまま帰るにしても、これから出掛けるにしても都合がよかったです。ミミズ郡ことアオイ氏は今度こそ来てくれるだろうと予感していました。完全にぼくの独断と偏見で集めた仲間たちの中でも、特に彼は「本物」です。


 レンやカズヤに限らず、人は生きていればその人なりの事情を抱えているものです。関わりを持たなければ、道行く人々は永遠に知る由もない背景に過ぎません。その一人一人を登場人物として扱うには、余程込み入った物語と舞台が要ります。


 残念ながら、ぼくは長編小説ほどやりがいに欠ける創作を知りません。書くのに時間が掛かる上、必ずしも成功するわけではないからです。ぼくは亡くなった人からの借り物とはいえ「無音少女」を推敲し、一つの作品の著者となりました。結果は、まあまあです。


 何万と点在するWeb小説の一作品が、一人にでも読んでもらえれば運が良いと思います。余程、目立つ功績を上げなければ、固定客は着かないどころか、作者の名が知れ渡ることもなく埋もれていくだけですから。今、小説投稿サイトに自作小説を掲載している人、悪いことは言いません。作品をすべて取り除き、新しく投稿することをやめましょう。


 始めの一歩は、知ってもらうことです。知られるために、目立つ作品にしようと思えば、似たり寄ったりの趣向が量産されて、それこそ目立たない作品に成り下がります。過去にウケて、アニメ化されたり話題になったりした作品をいくつか知っていますが、本屋で数ページ目を通してみると、全然おもしろくありませんでした。


 こういうのは感性の問題になってきます。話題作がおもしろいのは解っているのです。皆、特有の工夫がされていますし、売り物として成立する完成度になっています。ですが、ただそれだけ。消費されていく商品に、味わいが伴っているかまでは保証されないのです。


 ストーリーと銘打っていますが、おおまかに一連の流れを書き表すと、至って単純です。主人公が実はとても強い力を持っており、周囲には異性の取り巻きが居て、人生がほぼうまくいっている。いわゆる、勝ち組としての冒険譚が楽しめるようになっているのです。


 召喚されてよし、転生してよし、仮想現実にしてよし。想像すると楽しげで、いかにも娯楽小説にはもってこいの題材です。きっちりしたSFや、古式ゆかしい推理小説も根強い人気を誇っています。


 しかし、ぼくにとって創作とは問いです。読者との対話であるべきです。書いた作品に対して周囲の評価が芳しくなかった時、それは読み手との意思疎通を失敗した時だと感じます。


 伝えたいことはそう多くありません。ユタカっていう、ほとんどの人が関わりすら持たなかった一個人の、半生を綴った、脚色のこもった自伝作品をいかに多くの人に読ませられるか。彼の書いた当初の第一稿は、無音少女に出てくるミチという少女のモデルになったアケミ某への果たされぬ想いを、別の登場人物との関わりで行ったり来たりしながら描くことに終始していました。己の肉欲を意図した少女や、友好的で奥手な同級生、バイト先の同僚等々。


 ぼくの書いた無音少女には、あの女を直接描かない試みを実践しました。彼女に関する描写のすべてが、「らしい」「かもしれない」「ような・みたいな」といった推量で語られるのです。「無音少女」とは、実在しないだれかについて書かれたもの。


 だれよりもぼくがそう望んで、書き上げたのです。ですから、片想いを寄せてくる彼女との肉欲に溺れますし、同級生とは頻繁に関わって学校の人気者ですし、バイト先の子ともうまくいって頼りにされます。すべてがうまくいくのです。あいつさえ居なければ。


 平日の日中、駅前の喧騒は知らぬ存ぜぬが寄せては返す波のようでした。この中のだれかが、今日中に死ぬことになっても、ぼくは毛ほども察しませんし、不幸だとも感じません。身近な人を亡くしたことで、人間の命がいかに容易く消えるのかは知っているつもりです。


 結婚して子供を産んだからどうなるわけでもなくて、時間だけが流れていくのが見えました。それぞれの人が死に抗って、余生を吸い付くす未来が、街並みを白黒の廃墟に見せています。


 ああ、ぼくもいつか死ぬのだろう。死後の世界なんて想像するほど無垢なわけはない。それでも、輪廻があるなら、ぼくはもっと美しい顔で生まれ変わって、背が高くてスタイルがよく、胸も大きくて、苦もなく男を操れる女王になってみたい気はします。


 だけど、死ぬまでこの顔と向き合います。無いなら無いなりに、技量で男を虜にしてきました。芸能人やモデルみたいな器がなくたって、凡人にもできることはあるのです。純朴な女らしく振る舞えば、需要は思いのほかあるものですよ。


 しかし、その前にぼくはぼくにできることにけりを付けたい。男が言い寄って来る、この若さが続いている間はいつまでも故人にこだわっていられないし、そのためにも目前の敵を排除しないといけない。


 元々、ぼくはそうやって闘いながら生きてきた。性悪だとか利己的だとか言われても、ぼくはぼくのやり方で世渡りをしていく。恋をすればその人の子供を頑張って産むでしょうけれど、それすらも最大限に利用するでしょう。いずれ付いて回る下位争いに備える必然があるのです。


 リスカ塔の終局に位置する運命を描いていると、改札の方から一際、目を引く外見の人が姿を現れました。マスクを着けている彼は中性的な容姿でも、どこにでも居る没個性な男性です。ユタカに劣らない偏屈さが、危険な香りを放ちつつも好奇心をそそられます。


 彼は近づいてくるや否や、手を握ってきました。余りにも馴れ馴れしく、その姿勢に反して冷たすぎる手だったので、反射的に振り払ってしまいました。気まずくなった場を取り繕いたくて、こちらから手を握ってみせると、今度は彼がぼくの手を払い除けました。それが無性にむかつく。


 いわゆる乙女ゲームで言えば、アオイ氏は幼馴染みあるいは同級生の中でも親友といった、最も王道な攻略対象として扱われるところなのでしょう。積極的に認めたくはありませんが、彼はぼくが欲しているものを与えてくれて、男女として(表現者としても)相性は悪くありません。初対面の日に垣間見えた尋常ならざる精神の不具合にも、感じていました。


「…………」


 年甲斐もなくむすっとしています。さすがに責任を覚えたぼくは待ち合わせに来てくれた同世代の男の子を喜ばそうと知恵を巡らせました。


「ご、ごめん。今、手がきれいじゃなくて」


 ぼくは手を清潔に保ちたい性格をしているので、お手洗いの後に手を洗わない事は有り得なくて、特別に汚れる用事もなかったのですが、非礼にもっともらしい理由を付与して、彼の自尊心を少しでも救おうとしました。


「フン」


 子供っぽいところが憎めないというか、なんだかちょっとかわいいと思ってしまいました。いけない。あんまりいい気になると、ナイフで刺されてしまうかもしれない。


「人の居ないところ、行きましょうか」


 まだお昼ですが、お誘いすることにしました。アオイ氏は一線を越えてこないだろうし、越えたとしても恨みっこなしで済ませようと計画しています。それに、今さら未経験でなくなったって何も困りはしないのです。順序が前後するだけ。失うのではなく、得るんだ。新しい自分を……。


 とは、言ったものの、変な汗がてのひらに溜まって、嘘がまことになってしまいました。手を洗いたい……。


 この日は何も荷物を手にしていないアオイ氏は再び、手を差し出してきました。汗ばんだ手ではありますが、しっかりと握ります。手を繋いだだけなのに、やけに緊張してきます。


 白々しくする意図もなく、ぼくは彼を連れて堂々とホテルのある方へ歩いていきました。言わずもがな、ビジホではありません。ラブホです。


2


 何事も度胸。出産することになったら、そう思って現実と向き合うことになるのでしょうか。いずれにしても、ぼくは一度の行為にそれほど警戒をしておりませんでした。妊娠しないと高をくくっているわけでもなくて、なんとなく怖さを感じなかったのです。


 だって、卵子に巡り合える精子は億分の一だと保健体育で教わりますけれど、やることをやれば大概は受精します。生き残る精子の倍率が大きな値というだけで、妊娠することそれ自体が困難なわけではありません。しっかりした精液を作れる男と、心身ともに不調を来していない女が居れば、雑作もないことです。むしろ、妊娠確率がとてつもなく低かったなら、わざわざ避妊具なんて開発しませんよね。どんな馬鹿同士が交じり合っても、条件が整えば立派な人間様は生まれてくる仕組みになっていますから。育て方次第で結局は馬鹿になりますけど。


 ぼくがラブホテルに来たのはこれが初めてではありません。高校を卒業してからは、俗にいう、A~Bまでは経験があるのです。Cと言われる、本番行為は業務外のため受け付けておりませんでした。つまるところ、取り分を弾んでもらえれば、ぼくは従順なイヌにさえなれたのです。


 まだ十代だった頃は、未婚女性らしく処女性に誇りや価値を見いだしていましたけれど、全盛期ほどの色香が失われるように感じてくると、次第に持ち腐れていきました(持ち崩したわけではありません)。


 花の一生が短いように、女の瑞々しさも長くありません。同性との対立で感じるのは、いかに自分の価値が相手を上回っているかであり、若い方が何かと有利なことが多いのです。まず、出産する能力が優れることもそうですし、いろんな体力もありますし、声の響き方にも分があります。年増には、それらが総じて減少して、鮮度の落ちた野菜みたいな扱いを余儀なくされます。


 世の中にはゲテモノ食いが居ますから、あきらめるのは早いのでしょうけれど、より味の良い女を選ぼうと思えば、見るからに不健康な容姿の人は論外で、新鮮な女に軍配が上がるのです。それが男たちの偽らざる本心ですし、おばさんたちが無理やり若作りしたがることもまた勝敗を裏付けています。


 とにかく、ぼく……いや、あたしはそろそろ少女ということはやめにしたくなったのです。レンからは様々な教訓を与えてもらいましたが、女として最も美しく居られる時期に、ちっぽけな理想や保身のために、男の人を拒むのはあたしとしてもちょっと疑問でした。


 じつのところ、寂しそうなユタカにあたしの若さを引き立てる役をお願いしたかったのですが、それはいずれ忘れてしまうことでしょうから、目をつむります。


「ユ、ユタカくん、お風呂、行こっか……」


 でも、いざお誘いするとなると、援の時とは違って緊張するものです。あれはあれ、それはそれ、と気持ちが切り替わるといいますか……。もうとっくにきれいな女ではないのですが、一応は処女です。あたしにとって、それは骨董品のようなものです。膜と一言で言っても、一面の円形なのではなく、風通しのよい穴が空いていることも知られています。あたしは自慰行為を大げさにする方ではないので、たぶんまだ残ってると思います。血が出たらどうしよう……。


 ユタカくんはホテルに入ってから口を利いていませんでした。女性経験が豊富な印象はないのですが、じつは凄腕のやり手だったら、と思って油断はできません。これを機に、本格的な援交に手を出すつもりは滅相もないです。ただ、少しだけ怖い。通じ合うことで、その気持ち良さに依存してしまうのではないか、と。


 返事はありませんが、彼は立ち去るでもなくあたしの胸の辺りをじっと見つめてきます。判りやすすぎて、用心深さが削がれる思いです。仕方ないので、前日にレンと出掛けたきり、よそで泊まってそのまま着回している、女らしいドレスのそでから着実に腕を抜きます。脱いだらそのまま黒地の下着となっております。


 なおも彼は動くでも触るでもなく、手持ちぶさたにあたしを見ているので、そこまで近付いていって、男性の服に手を掛けました。母親が小さな我が子にしてあげるように、脱がせてあげるのです。


 そのままうまくいって、ユタカくんも下着だけになりました。特別、細身ではありませんが、筋肉が多い方でもありませんでした。個人的な好みでは、抱かれた時に胸や腕にかちかちした筋肉があるとうれしいです。男性が女性に乳房を求めるくらいの、下心みたいなものです。冷静になって考えてみたら、絵描きに筋肉がなくても別に困りはしないものです。あたしの胸は、もうちょっと大きくてもいいけれど……。


 下着を脱がすのはためらわれたので、せーので脱ぎ合うことにしました。


 というのは嘘で、あたしが先にブラを外して、相手から乳房が見えない位置を保ちつつ、形式的ではありますが片腕で隠しました。大きくないので苦もなく隠れます。これはこれでなんかむかつく。


 付近のベッドに放られたブラジャーを横目に、彼ののど元がかすかに動いたのを目撃してしまいました。あたしの胸を見て唾を飲み込んでいたのだとしたら、自信が取り戻されます。


「ユタカくん。お風呂で体をきれいにしよう?」


 もう片方の手で、彼の色白の手を引きます。抵抗があるわけでもなく、ゆっくりと後を付いてきてくれました。拒まれたら、ここに来て大きな恥をかいていたことでしょう。


 ホテルのお風呂は小綺麗に整頓されていて、手入れが行き届いています。元々の高級感と相まって、イイところに来た気分です。ここが良いか悪いかは相手次第となることを忘れてはなりません。だいぶ昔ですが、シャワーをしている時に、Cをされそうになってひやひやしたことがありました。護身用の道具を持っていない時だったので死ぬかと思いました。その時、どうやって切り抜けたかというと、思い出しただけでのどの奥に熱い苦みが思い出され……嫌な体験です。それ以来、護身用の道具はお風呂の時でもいつも持ち歩いています。今回は必要ないので、丸腰です。


 お互いに陰部を隠していたパンツを脱いだら、浴室へ踏み込みました。体を洗ったり拭いたりできる道具はそろっているので、手際よく体をきれいにしていきます。こうしていると、風俗の仕事もいけるんじゃないかと思えてきますが、それだけはさすがにごめん被りたいです。肩書き「セックスワーカー」となるのが妙な抵抗感を催すのです。それに見合うだけの外見があるかと問われたら微妙ですし、あたしはそこまで本格的なサービスを提供できるほどの逸材でもないのです。


 風俗は向いている人がやればいいと思うし、ブス(外見ないし性格)を自覚していない、嫌々やっている半端な人が客を「クソ客」と呼び捨てるのは論外なので、やめたらいいと思う。少なくとも、低俗なサービスしかできない女に、お金を支払っている客の文句を言う資格はない。


 さて、洗っている時にユタカくんの下の方はほんの少し大きくなっていましたが、時間が経つと元に戻りました。彼が積極的ではない事を察して、あたしもそこまで挑発的な事はしたくありませんでした。できれば、直接彼がやる気を起こしてくれたのなら、その方が感じ方に差が出ます。反対に、あれこれ手を尽くした結果、萎縮されてしまったのでは赤っ恥です。こういう時、受け身で居られる方が何かと都合よく事が運びます。


 頭髪を含めた体全体を洗い終え、水滴を拭き取ると、二人は備え付けのバスローブに着替え、ベッドルームに引き返します。「余計なこと」はしない、シャワーだけなので、それほど時間は掛かりませんでした。なんとなく察しましたが、どうやら彼は童貞……みたいです。


3


 と、まあホテルでの一件はつつがなく収拾をみせたわけでした。「こんなこと」のために、長々と描写する気も起こりません。それでもあえて一部始終を付け加えるならば、ぼくの内臓の一つである子宮に攻撃が加わることはなかったとだけ書いておきます。


 それすなわち何を意味するかというと、ぼくの入り口に彼のムスコが入らなかったのです。大きさや形状の問題ではないと思います。いざぼくが下に寝そべってみると、お互いに緊張してしまって、生まれたての小鹿みたいに足腰がかくかくして円滑に例の武具を出し入れできる状況ではありませんでした。怖じ気づいたわけじゃないです。たぶん。


 続行してしまっていかがなものかという空気になり、ぼくたちは体をきれいにした後、普通に着替えて、かねての思惑通り、創作の情報交換をしました。霊長類の遺伝子の受け渡しをするより、そちらの方がぼくたちには適っていたのだと思います。ぼくが話を考えて、それを彼が絵にする。男女として遊ぶのはもっと大人になってからでも良い気がしますが、目減りしていく若さをいち早く楽しめなかったのは純粋に惜しかったです。子宮だっていつまでも正規の役目を果たしてくれるわけじゃないのですから(シャレにならないです)。


 とにかく、ぼくたちは肝心な時に、大人になりきれない点で似た者同士だったのです。


 アオイ氏は女性に一定の関心を示していたものの、画家特有のエロスを飼い慣らすほどルネサンス(婉曲な表現)しておりませんでしたので、復興が進んだら凄腕のガンマンになってくれると期待しています。得物はマグナムを装填したリボルバーくらいとてもしっかりしているので、その威力は扱い方次第でしょう。


 冗談はこのくらいにしておいて、時間の許す限り、打ち合わせを行いました。リスカ塔の最期を飾る内容として、二つとない題材の中編小説を書きたいと伝えてみたら、彼は洋服のポケットからスマホを取り出すと、そこに図形を描き出しました。ぼくの言ったことを可視化させているみたいです。言語に頼ることなく、点や線のみで意図を表すのは絵の人だからこその強いこだわりなのでしょう。映像や電子ゲームが主流になって失われてしまう、鋭敏で精細な表現が生き続けることを願い、相変わらずその技量には一目置かざるを得ません。


 これだけの才能を持った人がどんな生活をしているのかが気になります。日常でも、「この人、どうやって生活しているのか」と気になることは少々あります。カラオケに足しげく姿を見せる彼もまた、ぼくが思ったその一人です。


 アオイ氏に思いきって尋ねてみます。男女の冒険は不発に終わりましたから、いつもより余計によそよそしくなっていて、まるで気になる異性と話をする小中学生のような静かでたどたどしいやり取りでした。


「来月で執行猶予が終わる」


 それだけ教えてくれました。一体何がきっかけで前科を持ってしまったのか、それが元々どれだけの期間だったのかは言いませんでした。ただはっきりと、自分が社会にとって望まれる側ではないとだけ明かしてくれました。


 彼の欠落の片鱗は、出合った日の帰りに見ましたが、まさかと思いました。


「あなたは、とても、わるい人なの?」


「だとしたら、絞首台に昇っていないとおかしいね。僕の周りには、僕を邪魔だと思っているやつしか居ない」


 不器用な人。現実離れした技術を持っている分、天才なりの孤独が見て取れました。天賦の才などという無責任な表現では追い付きませんが、絵の腕前に関しては前線で活躍するデザイナーや芸術家も顔負けな力を持っているのです。しかし、この人の価値が実際よりも低く扱われるのには、道徳が絡んでいるに違いありません。


 良く言えば、型破り。それが災いして非常識が先行してしまう。今の時代、人に嫌われてまともに生きていられるはずはありません。どれだけの才能があっても、権力者が首を縦に振らなければ、亡き者にされてしまいます。ようは、バランスで成り立つのが人間の世界なのです。


 ユタカも普通の人として生きるには、いよいよ苦しくなったのでしょう。しかし、その怒りや不安をどこに向けるべきかも定まらず、最期の最後に止めを刺す出来事が起きた。ミノリの存在は、彼にとってどれだけの価値があったのかぼくには解りません。


 アオイ氏が彼の二の舞を踏むとは思えませんけれど、決して口にしてはならない三文字が、ぼくの胸中で育ちつつある、年増にこそ相応しい、母性というものには引っ掛かりを覚えるのです。こういう時、自分自身がやけに老けたのだと思って、複雑な気分です。腐っても、母になり得る性を伴って生まれたということでしょうか。打算や損得の外にあるものが、言葉を紡ぎだします。


「もうちょっと明るく捉えてもいいと思うな。あなたの絵の良さが認められる未来だって、そう遠くない。ぼくなら、その手伝いができる」


 情を押し出した事を言ってしまったために、その直後、ぼくは警戒しました。どんな単語がこの人の琴線に触れるのか解らない。現に、アオイ氏は固まっています。思考の許容量を超すと、動作が鈍くなる……。ついには、言語以外の手段で処理が行われる、そんな予感がして、一抹の恐怖が肌を掠めていきました。


 ベッドの上で向かい合うぼくたち。突然、相手が飛び掛かって来たので、とっさに身を守ろうと腕を組んで、男性の重量感を受け止めました。こうなってしまったら、脚や頭をばたつかせて、使えるだけの余程の抵抗をしなければ抜け出せません。しかし、この時のぼくにはその余程をするだけの敵対心はありませんでした。


 まっすぐと向けられる視線が交わります。文学らしく言い表すと、ぶつかり合う線と線の中間から火花が散っていました。今にも、彼はぼくの体を侵略できる勢いでしたが、先にも述べた通り、男と女の足りない部分を差し出し合って、絡め合うことはありませんでした。


「僕は認められなくたっていい。描いた絵の価値も周りが勝手に決めること。伝えたいことが伝わることが何より芸術家のミョ……ミョウ……」


「『冥利に尽きる』?」


「そう。それ。言葉って、すごく不自由なものなのに、リタは達者に書いていてすごいと思う」


 じっと見つめ合い、裏表の含みがなくて、素直に誉めてもらえました。見よう見まねで小説を書いていただけですし、日常で嫌でも使う言語には特別な真新しさを自覚していませんでした。それが改めて評価されると、自分がやけに偉いことをやってのけたみたいで自信に満ちてきて、反動で頬や耳の辺りが熱くほてっていきます。


「ユタカくんの絵だって、壁に作品を残して消える芸術家のそれみたいに、みんなに注目される日が来るといいね」


「イギリスのバンクシーのこと、か。自分ちの塀に知らないやつが落書きしてきたら嫌がるくせに、有名な人の絵なら許すっていうことが起きるだろうね。その観客たちはどうせ絵を見てはいない」


 ブランド志向……ということでしょう。有名な絵画に秘められた秘密すら知らずに、所有欲だけで満足する富豪が思い浮かびます。芸術家が有名になりすぎることで発生する板挟みは、現代の創作にも枚挙に暇がありません。作品そのものの完成度より、作り手である人間そのものを配点の基準にする。それこそが芸術を不自由にしている、と言いたかったのかもしれません。


「作品が知られるにしても、僕が描いたということは知らずにいてもらう方がいい。できることなら一生」


「そんなこと言っても、筆致や技法でアタリはついちゃうんじゃない?」


 絵描きにちなんでそう口にしてみると、彼はそれ以上何も言わずに、油断していたぼくの体をひしと抱き締めてくれます。こうしてアオイ氏と過ごしていると、懐かしい気持ちに戻ってきて、無意識に涙が落ちました。


4


 この抱擁が終わって、アオイ氏と離れ、それから家に帰るのがつらくてたまらなく感じました。人は死んだら、自覚を失い、無と消える。どんな人間にも必ずやってくる、おしまいの瞬間が鮮明に脳裏を刺激して、体の震えに収まらず、悲しみを加速させて、呼吸が乱れていくのでした。


 アオイ氏は異性に耐性がある方ではないので、ぼくが欲しがっているような行動をしてくれるわけではありませんでした。隣り合う顔のそばで涙がこぼれるのを確認した後、手を伸ばして、近くに合ったティッシュの箱を置いてくれます。


「ぼくね、じつはすごく怖いんだ。生きて、生きて、生きてって、その先でどんな終わりが待っているのか。戦うべき相手が居るのはいつも同じなんだけど、気持ちが付いてきてくれない。……もう、戦えないかも、しれない」


 物語には終わりがある。人生にも終わりがある。どう終えるかは作者が決めていい。けれど、人生は一人で回っていくものじゃない。だから、自分で思い通りに終わらせてしまう場合だってある。死はとても怖いはずのものなのに、不幸の極致こそが人を無に還してしまう。


 存在の終わり。


 彼は抱擁をしたまま、ぼくの涙をティッシュで丁寧に拭き取ってくれました。


「ここに居たという証は遺せる。僕もそれを手伝ってやれる」


 童貞であるはずのアオイ氏にしては気の利いた言葉が返ってきました。ですが、それはぼくが守ってきた二十年程度の処女性を捧げる相手として、確実な絆だと判断させるに至ります。もしも、死ぬことになったとしても、気を許した相手と一緒なら、怖くないような幻が取り憑いたのです……。




 ホテルを後にした二人は、それから電車に乗って、どこか知らない場所に行こうと決めました。駆け落ちみたいな情熱とは異なり、心中したい男女を思わせる場面になったことでしょう。「人間失格」を著した太宰治はそれで女を死なせて、一度自分だけ生き残っています。


 津島という人間を、津島その人より過大に評価するのは不自由なことではあります。ぼくにはそうした文学的流行は別として、彼の卑劣でろくでもない性格を慕いこそすれど、本性を知ってもなお厭がるいわれはありません。ユタカは文豪とはやされる先人の彼を軽蔑して妬んでいましたけれど、肝心の小説についての悪口は言いませんでした。


 文豪と並みの作家を隔てる壁を除くには、人間として重大な、特性か魔力がなければ叶いっこないのです。志半ばで焼身の最期を迎えた彼が真の文豪に至るための鍵が、この世のどこかに残されていたと、ぼくは信じています。


 列車での旅が、ぼくの不安をいくらか和らげてくれたのは一人じゃなかったからかもしれません。いかなる理由があるにしても、心中するのだけは、よしてもらいたいです。一人だけ残ったりしたら、あまりにもあまりですから。生きることにも死ぬことにも前向きになれない、でしょう……。


 アオイ氏は離れた座席に腰掛けて、ことさらにぼくと関係しないようにしていました。泣いたのは彼が悪いわけではないのに。隣に居なくても、近くに居るだけで、心の支えになってくれています。


 北へ、北へと向かっていきます。




 窓の外の景色が新緑に染まっていきますと、やがて海が臨むようになりました。列島の最北端まで行けば、結構な金額を支払わなければならかったことでしょう。一時の感傷にやられたとはいえ、金銭への打撃が及ぼす未来への不都合はしっかり勘定できました。こういう時、馬鹿な頭でないから損です。


 次の駅でぼくは降りることに決めました。人通りの多かった汚い都会を離れると、こうまで清々しく木々の生えそろった、大地があるのかと思うと、つくづく人間の理がちっぽけになります。


 乗客はぼくと、アオイ氏しかおりませんでしたので、開いた扉の外へ出た時に、彼もまた後ろについてきて、ホームへ降りました。知らない駅名で、寂れた古い作りの駅舎に落ち着くと、ここまで来てしまったことについて冷静な自分が居ます。


 どこへ行ったところで、ぼくはぼくからは逃げられないし、この世界の何かが変わるわけでもありません。それなのに、どうしてこんな世の人々に見捨てられて久しい所に赴き、雲の浮かんでいるぎこちない青を眺めているのでしょう。


 乗り越しなので、改札横の窓口で、不足した料金を支払いました。中年の駅員が一人、疑わしそうにぼくと彼を交互に見比べては、すんなりと通してくれます。たとえ、ぼくらが本当に心中目的でこの田舎に訪れたところで、彼の人生には何も害はありませんし、事件が報道されたにしても、人生で何度それを思い返すかは心許ないです。


 現実から逃げたつもりになっても、ぼくはここを現実として実感しながら歩を進めてゆきます。前を歩いていて、時折後ろを向いてみると、アオイ氏が辺りの景色を眺めていました。人が暮らしている建物は途切れ途切れに建っていますが、そのどれもが二、三十年以上前に建てられた感じで、そうすると住んでいる人間だって、代替わりしていなければ六十、七十才くらいの人が住んでいるのだと推測できました。


 人間は地球上の生物の中では長寿な部類ですが、それを幸福だと思って生きている人がどのくらい居るでしょう。きっと総人類の半分以上は、当たり前のように消費されていく経過年数の中を生きているのだと考えてみます。


 十八~二十を越えたら子供扱いされなくなり、三十を越えたら職場や家庭での地位が固まっていき、四十を越えたら子供が大きくなって人生も折り返しです。五十を越えてくると、体の不調が顕在化して、運が悪ければ六十才にならず死にます。定年を迎える六十までは生きても、いよいよ七十からは死が身近なものとなっていきます。


 いかに科学が人を延命させようとも、細胞が磨耗して、肌がしわしわになっていくのを実感すれば、やがて逃れられない終わりを受け入れなければならないのです。一人、また一人と倒れていくのに、じつに五十年以上の時を要します。


 一方で、年間を通して生え変わる草花や、地面を歩いている虫たちはぼくたちより早く循環していきます。二十年前くらいにぼくが生まれて、ここまでなるまでの間に、その世界ではどれだけの世代交代が為されたのでしょう。


 動物は意外にも十年単位で生きる種が多いですから、さりとてぼくと同じ年に生まれたイヌでも、二世になっているかどうかでしょう。だけど、これからもっと年を取れば三世にも四世にもなっていく。


 道端の雑草を見下ろして、生命の無常を再認識してみます。こうしていると、まるでぼくが死ぬことに納得しようとしているふうでもありました。晩年の人間は神仏や超常の存在にゆるしを乞い、それから段階的に死を受け入れていくのだと教科書で見聞きしたことがあります。


 普段、ぼくが街で買い物をしていると、運動している年寄りも見掛けられます。余程死にたくないのだなあ、と思って、その動きを目で追っていました。長生きして、何をしたいのか知りませんし、それがどんな結果に繋がるのかも、どうだっていいです。


 死を受け入れる準備が整っているなら、老いる必要はないわけです。


 車が一台通れるかどうかの道を進んでいくと、橋に差し掛かりました。向こう岸まで一キロはありません。見下ろすと、数メートル下に川が流れています。サスペンスドラマに出てきそうな景色です。


 ここから落ちたら死ねるのだろうか、と頭に不吉な声がしました。死ななかったにしても、大ケガは免れないでしょう。自殺未遂にしても、死ねないかもしれない手段では、きれいな終わり方になるはずがありません。


5


 ここに来て、あたしは自分が死ぬまでにすべきことを確かめられた気がします。あたしを知らないこの地には、争いもなく、ゆったりと時間が流れています。場所によって、ここまで見え方が変わると、もっといろいろなものを見るべきです。


 それでも、頭の中にはユタカのことやあの女の姿が離れてくれません。


「ぼく、あなたたちと協力して敵を倒そうと思っていたんだね」


 橋の真ん中の方まで来ると、かたわらにはアオイ氏が独り言に耳を傾けています。仲間を集めて、リスカ塔が実在していたこと、そして、それが終わる瞬間を見届けてもらえれば、計画が仕上げです。何も、あの奇妙な女の命を奪うとか破滅させるとか、そういう乱暴な話ではありません。


 後からでしゃばって来ただけの亡霊に、ユタカが作り上げてきた創作の基盤を触れさせてしまうのが気に入らないのです。過去は過去として清算され、その記憶に二度と触れられないように、消えていてくれればそれでよかったのです。


 じつは「無音少女」なんてものはどこにも実在せず、すべてが妄想だったと……。そう思えれば、炎の中で死んだあの人の死に、希望で満ちた解釈ができるのです。


 しかし、実在していました。小説で語られたよりも、ずっとおどろおどろしい雰囲気を身にまといながら、あたしの前に現れた……。


「あなたにだけ伝えておくけど、ぼく。来月になったら」


 ここまで来るのに、一人で抱えていた思いを吐き出しました。意図的に甘えているつもりはなくて、何も言わずに一人だけで「先に進んでしまう」ことが怖かったのでした。ホテルで共有した構想に大きな変化はありません。ただ、期日を設けて、着実に完成させて、後の事をはっきり考えておきたかっただけです。


 アオイ氏は何も言いませんでした。言葉よりも表現に秀でる彼は、きっと帰宅して制作でその気持ちを初めてあたしに打ち明けてくれることと思います。まだ一年も経っていませんが、彼はリスカ塔のイラストレーターとして、おおいに貢献してくれました。よくライトノベルでは、挿し絵を担当する人が作品の雰囲気を左右するようですけれど、アオイ氏の筆致は原作を食わない良さがありました。また、あたしの書いたリスカ塔の小説も彼の絵を霞ませるほどではありませんでした。


 男と女が交わりあって子供ができるように、ぼくたちは異なる手法を掛け合わせて一つの何かを作り出して表現できるのです。


 それも次の話で最後となりますが、悔いのないように書いていこうと心に決めました。


 ここで、ようやくリスカ塔として生きていたユタカに本式のお別れをしました。



   「だれよりも大嫌いだ」


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 少年は不出来な小説を書き続けるだけが趣味の取るに足らない人間として生きていた。彼にとっての慰めは常に、物語の架空の存在が担っており、本質は遠く身近にはない。ある日、彼が出合った一人の少女は交渉を持ちかけてくる。自分をどこか遠くまで連れていけたら、後のことは好きにしてもよい、と。少年は懸命に彼女の目的を叶え、自分自身をも慰める日々を夢に見ていたが、少女の顔立ちは次第に曇ってゆく。


 あたしが書いていた「最後の小説」のあらすじです。主人公である少年の原型は言うまでもなく「彼」です。一つだけ違う箇所があるとすれば、少年は自らの意志によって迷いと決別します。


 愛されること、愛されないことに疑問を抱く必要もなく、二人の関係の欠点を見破って、自分から手を引き、小説を書くこともやめます。「リスカ塔」というペンネームを捨て去り、ようやく一人の人間として目覚めるのです。


 生前のユタカはSNSの会員ページの自己紹介で「読み終えた小説の末路は忘却か学びか」と書き残していきました。理数系の頭で考えたなら、この命題の解は二つに一つしかない極めて単純なものです。あるいは、そのどちらでもないという解も探せばあるかもしれません。


 ですが、あたしが思うに、文系の頭で考えた時、「忘却」と「学び」が示す力の向きにはそれぞれ正反対のベクトルが働いていると受け取れて、それぞれを正と負で分けられると直感しました。


 前提として、命題の主旨は「読み終えた小説」、その意義に集約されますが、求められているのはそういう表向きの解ではありません。


 人はなぜ、小説なんてモノを書こうとするのでしょうか。そもそも、小説とは何なのでしょうか。


 実際に書いたことがある人なら判るかもしれませんが、小説とは創造です。ここではない宇宙がどこかにあると想定して、ここと似て非なるもう一つの宇宙を思い描く作業なのです。それがまったく新しい異次元なんてものではなくて、随所に、本来のこちら側の世界の元素が散りばめられています。創造主が個人である以上、旧世界からの干渉があります。


 ユタカにとって小説とは、特別な難しい概念ではなくて、似て非なるけれど似てしまうもう一つの世界、言い換えればあり得たかもしれない人生を志向したものだと解釈できます。ここまで来ると、読解というよりは憶測です。


 憶測ついでに考察を突き進むと、忘却と学びがもたらすのは死か生です。死すことで人は忘れ去られ、生きることで人は学ばされます。読み終えた小説とは、ここでは「役目を終えた世界」なのですから、もう一つの用意された世界でも生きるか死ぬかを最期まで悩んでいたことがうかがえます。


 その結果、彼は一人の人間に戻り、自ら命を絶ちました。残りの余生をも無価値であると断じるかのごとく、炎の中になげうったのです。


 小説なんて読み終われば忘れられるだけの、無為な創作物に過ぎないのかもしれません。それでも、ふとしたきっかけで思い出されるような、学びがあってもいいと願って書かれているものだと、信じてみたい気持ちもあります。


 書いた話がどれもこれも文豪の名著みたいになるはずがありませんが、いずれの作品にも印象的で抽象的な描写が学びを語りかけてきます。これに気付ける読者こそがよく読み、よく学べる、洞察力に長けているとも言えます。


 あたしが小説を書いたのは、もう書くことができなくなった彼の代わりに作品を完全な形として残してあげるためでした。井上裕という人間がたとえ、だれにも知られずに生涯を閉じることになったとしても、あたしはその流れに逆らうつもりはありません。


 現実に、彼は大勢を納得させるような立派な小説を書けていませんでした。あえて、書かずに留めたのかもしれないし、書く能力がなかっただけかもしれない。いずれにしても稼業にできなかった事実は、ユタカが作家としての適性を持たずに、時間を物語で溶かしていたようなものです。


 あたしも執筆に当たっていくうちに、その心境を自分の事のように感じました。よもや、世間の誰々を楽しませるだなんて、公益を主とした制作などする理由がありません。その代わり、それらが一切生活の足しにならなくとも仕方ないと割りきって書いておりました。


 あたしが思うに、読み終わった小説は忘却されるだけです。なぜなら、観客にとって、読んだ本の内容は明日の予定にも勝らない、余分の記述でしかありません。話の核は理解しつつも、詳細な文章までは記憶に残らないでしょう。むしろ、忘れず頭に残っているなら、記憶の引き出しが散らかって片付きませんよ。


 人が何かを忘れるのは、それが自分にとって重要な事ではないからです。老化による不調とは違って、健康な人の記憶の削除は、日々行われており、記憶の書き換えが絶えません。


 それでは、物事を記憶するのに、その詳細を覚えておく意味があると思いますか。何かを覚えようとして、その事について書かれた文章をまるまる暗記する勉強法は誤りなので、ただちに改善をおすすめします。


 生前のユタカは文庫本を一冊読むのに、五分もかかっていませんでした。俗に言う速読というものに似ていましたが、彼ははっきりと「違う」と述べました。


 読書とは、ページに書かれた意味を頭に焼き付ける短期記憶ですから、むしろ読むのに時間を掛けてしまっては雑念が混じって、内容が頭に入らないそうです。


 現代人の身の回りには、記憶を阻害する雑事は溢れ返っておりますが、死を目前にした人には、そのような幸福がもたらす邪魔はなかったと思われます。それが結果的に、ユタカを一時的な超人にしていたのではないでしょうか。


 どれだけの本を読んでも、彼はまったくと言っていいほど、表情を変えませんでした。読み終わった小説の意義に至ったのではないかとも思えます。物語を「学ぶ」姿勢で読んだなら、読了後の心地は湖面に映る満月のように穏やかそのものかもしれません。ですが、いずれ「忘却」されるとあきらめながら読み進めるページには、一片の感慨すら抱きようがありません。


 並みの記憶力の読者ですら、物語全体の代表的な部分だけでも覚えていてくれたら御の字です。その他、すべての文章はどうせ忘れられるためだけの塊でしかありません。その点、ミステリ小説は出来事が相互に関連し合っているため、長期記憶に結び付きやすいです。熱心な読者層に支持されるのも頷けます。


 しかし、あたしもユタカもミステリは好まないようです。理由はなんとなく解ります。「おあつらえ向き」ということです。ミステリは良くも悪くも文系の頭で考えるのに不向きで、極めて理系な組み立て方がされています。論理の破綻は禁句で、あたしが先程したような憶測は許容されません。


 つまり、おあつらえ向きにできているのです。それがなんというか、おもしろくないと感じる所以なのです。最終的な解決の可否に関わらず、数学らしい書き物の実態が美しくはあれども、理屈ばかりが主張を占めて、感情や人間らしい理不尽さに欠けます。


「正しいこと(論理的なこと)ばかり言えば、人間は言うことを聞くのか?」


 ユタカは時々、そんなことを言っては、世間を賑わす事件の加害者の立場を考察することがしばしばありました。単に犯罪者の肩を持つのとは違っていて、諸悪の根源がどのようにあたしたちの前に現れるのかを真剣に考えているようでした。


 彼が不在の今にして思えば、ユタカはこう言いたかったのだと思います。


「常に正しい人間など(どうせ)居ない」


 人々は自分自身を正しいと思っているから、悪人の責めを徹底的に叩き、罰したいと思えるのでしょう。ところが、その「正しさ」なんてものは、責めを受ける側からすれば、利己的な懲罰感情でしかないのです。


 悪事を働いた人間をなぶり殺そうが、その人たちにとっては、良心の呵責はありません。そういう「出過ぎた正義」があるから気持ち悪いのです。悪人を罵っている誰々さんだって、結局、どこかで悪いことをしていた過去を持っているはずなのに、まるでそれがなかったかのように過ごしている。何事にも「時効」があると思っているのでしょうね。だから、あっさり忘れてしまえる。


 論理的に言えば、あたしもユタカも、すべての人間も過去になんらかの悪事を犯しているに違いないので、例外なく悪人ということになります。その根拠は、生きている限り、すべての人間はなんらかの罪を自覚している事実に基づきます。正確には、潜在的な自覚です。「私が生きていることで、だれかが死ぬことになる」これを読んでいるあなたにも、そういう自覚があるはずです。


 ないとおっしゃるなら、教えて差し上げます。あなたが立派に生きている分、間違いなく他の人間が生活の質の不足によって苦しみます。それはあたしでもあるし、ユタカでもあったし、あたしたち以外の人たちでもあります。


 あなたさえ居なければ、あたしたちはいくらか救われたはずです。そうやって、人間の生死と損得は差し引きゼロで成り立っています。人はどうしても競争を余儀なくされ、名前の横に数字こそ振られていませんが、人間としての価値を数値化することは不可能ではありません。ですが、人間臭い正義感があるから、そうした合理的で無駄のない仕組みを実行できずにいるのです。


 つまり、人間なんてそんなものなんです。


 完璧で、罪のない、きれいな正義の人間界を築くには、すべての人間を階級や数字で管理する必要がありますし、感情なんて可逆的で独善的なものは無意味です。


 しかし、感情に素直で、不完全で、時々矛盾している。それくらいが愛おしいのです。


 インターネットで口論をするばかな人たちは、「正論」が上だと思っていますよね。でも、正しければすべてがうまくいくわけではありません。だれかを生かすためなら、だれかを殺すくらいわけないのです。歴史の勉強をまじめにした人なら解ると思いますが、人間なんてそういうものなんです。


 だからこそ、ユタカは「正しさ」の裏と表をじっくりと観察し、目を逸らさずに居たのです。


 人はある程度の過ちを抱えても、結局は図々しく生きている。それどころか、自分より価値の低いと見なした相手にはつらく当たる。その権利があると信じて疑わない。


 すべてを察してもなお、ユタカは「潜在的な」良心の呵責に苦しんでいたのでしょう。忘れ去ってしまえばその限りではなかったのに。


2


 決して忘れられない罪の記憶。ユタカにとって、あの女がそうだった。


 上の短い段落だけを頭の片隅に置いてくだされば、この小説の核心は大体掴めます。その部分以外の、これまであたしが書き綴った文章はすべて忘れてしまっても一向に構いません。もうすべて忘れてしまっているというなら、それもまた仕方ないことです。


 正しさにこだわるというのは、じつはすごく愚かで馬鹿馬鹿しいことです。ところが、自分が損をしてでもだれかを助けたいと思う「不合理」、「矛盾」、「徒労」、心が及ぼす争いはそれすなわち人間臭さの一つであります。


 正しいかどうかを決めるのは方程式だったり、法律であったり、感情を抑制するための装置の役目です。それでも、人間は自分たちの一存で、誤った正義を執行する場合があります。私刑とも自力救済とも言えますよね。政治や文化が進んでいない国によく見られる光景です。感情が爆発すれば、紛争や虐殺が起きてしまいます。


 ユタカの書く小説は、論理と感情の狭間を言ったり来たりしていて、読んでいる人に戸惑いを与える文章でしかありません。あたしもまた、それを踏襲して、「無音少女」や「最後の話」を書いたつもりです。


 小説を書いている間、とても気持ちが悪くて、何度も吐き気がしました。それくらい、あたしの自我は擦りきれる思いで、書き上げたのです。


 体感にして一か月、それか三か月くらい。実際は一週間と五日で、一〇万字程度の新作を書きました。一日平均七〇〇〇字ですから、起きている時間のほとんどは制作に費やしました。多い日で、一五〇〇〇字書いた日もありました。反対に、難しい描写の続く箇所に差し掛かると、目一杯頑張っても五〇〇〇字も書けません。


 死ぬ思いで書いた七十時間余り、本当に無意味です。


 読まれたところで、最後は忘れられるだけなのですから。そこに書かれている文章はあたしの人生を割いた血の一滴でできているはずなのに。悔しいし、哀しい。


 負け惜しみを言うなら、あたしが書いた最後の小説のつもりで書きました。




 約束の日。あたしは駅前で待ち合わせをしました。打倒のために募った仲間たちと。そして、打倒されるべき仇敵と。およそ五人が集まる大げさな会ですが、全員にそれぞれ違う時間を告げました。


 連日の制作と推敲のために、あたしの顔はやつれていました。鏡を見たら、涙袋の部分が青黒くなっており、まるで何かに取り憑かれた人のようです。憑いた霊がユタカのものだったらうれしいと思いますが、じつに非科学的なので、ないです。


 一番最初、午前七時に来るように伝えてありました。始発に乗って来れるかどうかの時間帯ですから、あらかじめ前日にその周辺に陣取って夜明かしをしない限りは、あたしより早くこの駅前に到着することは不可能です。それは他の三人が絶対に来ないであろうことも意味していました。


 駅周辺の街中に備え付けのベンチに座って、ぐらぐらする頭でほんのりと青い空を見上げます。徹夜明けなので、時折ぴかぴか瞬いては、今にも消えてしまう風前の灯でした。


 七時丁度になると、その人は駅とは逆方向、あたしの背後から足音を立ててやってきます。無音ではありませんから、あの女ではありません。あいつを最初に呼ぶ義理もありません。


 座ったままのあたしの背後から、腰元にかけて何者かの指が触れました。いつだったか、ペーパーナイフが押し当てられたのもその辺りだったのを思い出しました。記憶の扉が開いて、途端に閉じそうなまぶたも大きく見開いています。


「『まだ』振り向かないでよ。小説、最後まで読ましてもらった」


 寝不足の後の興奮とは別種の高揚が心臓の中を駆け巡り、あたしの時を加速させます。小説を書いている時の状態に戻った心地で、とても寂しくなってしまいます。


「……ユタカ、くんの絵も。すごく、よかった」


 理由は判りませんが、目から生温かい水が出てきます。こうまで情緒不安定になるくらいなら、小説なんか書かない方が身のためです。こんな弊害を被っても余りあるほどの見返りが、すぐ後ろに控えていました。


 振り向かずに居ると、冷たい指が触れた首をやや右側に動かされました。首が弱点でもあるあたしは、少し変な気持ちになりそうで、ぎりぎりのところで我慢しました。


 振り向くと、そこにはだれも居なくて、今度は左側に顔を動かされたと思ったら、突然口を押し付けられました。直前に見えたのは、最初に仲間として受け入れた彼でした。ですが、もうただの仲間ではありません。


 わずか零コンマ秒で見えたユタカくんの顔は、以前のような堅いものではなく、すっかりあか抜けた落ち着きをたたえています。制作をしている間に、あたしたちは「そういう」関係を持ちました。たくさん気持ちいいことをしましたし、生きているからこそできる恵まれたことを互いに、確かめ合ったつもりです。


 リスカ塔の終わりを見届けたら、あたしはこの人と一緒になって、普通の女としての幸せを目指そうと考えていました。そうなってもおかしくないところまでいった仲ですから。


 何より、亡くなった人を忘れるにはそうするしか手段はありません。だけど、ユタカの無念はちゃんと晴らしてから、あたしはあたしの人生に戻っていくつもりです。


 ほんの数秒の間でしたが、数分にも感じられて、それなのにちっとも満たされない短い時間だと心が嘆いています。静かな所だったら、きっと何時間でも唇を重ねていられるのに。


 けれど、この日だけは本格的に気力を削り取ってしまってはいけません。女としての悦びに包まれてしまうと、戦う力すら抜けてしまいます。この後、あたしはあの女を叩き潰し、二度と立ち上がれないくらいにまで痛め付けなければならない。鬼や悪魔でも足らないくらい、おぞましい化け物にならなければならない。


 あいさつ代わりの口付け以降、二人の間に会話はありません。彼はあたしより少し離れた所に移って、違うベンチに腰掛けて、普段通りに近くの物の絵を描いています。


 八時頃になると、街の人通りがいよいよ本格的に動き始めます。人間が日中の生き物であることを証明しています。会社員たちがあくせく働いているというのに、あたしたちだけが、切り取られた別世界に居るようでもあります。


 九時になる三十分くらい前に、もう一人の男性が駅の改札口の方から歩いてきました。


 こちらまで駆け寄ってくる青年は、あたしがすでに来ていた事に動揺ぎみな眉根で優しさを表しています。遅刻したわけでもないのに、律儀に謝罪の弁を伴って、人のよいことこの上ないです。そんな彼の後ろめたさを遥かに凌いだ、罪深さはこの胸の奥にあって離れそうもありません。


 レンの骨折りについて、あたしは体で弁済することにためらいはありませんでした。処女性がなくなったために自棄を起こしたのとは違いますが、そもそも彼にならどのようにされても仕方ないくらいのことをお願いしておいたわけです。


 人の弱さや傲慢さを察している彼は、肉体的な慰めなど口に合うはずもありませんので、償うにしても容易ではありません。最善の罪滅ぼしには、二度と関わりを持たないように、お別れをするくらいしか思い付きません。ところが、彼は役目を十分に果たしたのに、まだあたしの仲間として付き従ってくれている次第です。その利他の精神をあたしも見習わなければ、ばちが当たりますね。


 レンが数年前に引退した歌い手であることは、仲間内であたしだけが知っていました。当時の彼は若い世代から特に支持されており、昨今のSNSやインターネットで掘り起こされる才人としての素質とカリスマ性を備えていました。


 将来性のある表現者にも関わらず自ら道を退いたのは、女性問題や不人気の煽りを喰ったなんてわけでは当然ありません。


 強大な力を持った人間がする事といえば、その全能感を大いに喰らい、振りかざすことだとも思います。ところが、そのカリスマ性は紛(まご)うことなき神格を備えていて、自然体で居ても人を魅了できるほどに立派な輝きなのです。凡人がいくら努力しても備わらない、芸能で他者を導ける数少ない逸材。それがあたしの知るレンの正体です。


 そんな彼でもまったく動かせない心があった。それが、歌い手をやめた最大の理由だそうです。どれだけ大勢の人間に好かれる性格をしていても、特別なたった一人のために、そのすべてを無価値だといわしめたのです。


 当初のあたしなら魔力を活かせない彼を嘲笑ったでしょうけれど、共感できてしまうほどに愛を知ってしまいました。


 他者から見たら人生がうまくいっているように映っていても、一つの空洞のために自殺をする芸能人だって居る。その気持ちが、自分の事のように判ってしまう。


 レンは他者を引き付けてしまう人柄や、大衆の心を脅かすくらいの歌唱を自分で封印していました。滅多なことでは、その鍵を開けることは叶わないはずでした。ところが、あたしの置かれている境遇や、この前の一件がありまして、協力してくれることになりました。




 プロパガンダという言葉をご存じですか?


 民衆の思想や行動を特定の方向に誘導するために施される、「戦略的な」宣伝を表すラテン語の名詞です。たとえば、戦争に消極的な民族に虐殺をさせるためには、ある種の文法を演説や広告、音や映像で繰り返し用いて働きかければよい、とするようなことです。そんなSF小説みたいなことが実際に可能なのかは解り兼ねますが、極端でもよい例だと思います。


 現実に、我が国はグローバル・スタンダードに付いていこうと必死です。あたしも横文字は好みではないのですが、世界標準に倣うのならば、こうしてカタカナ語を使う試みを実践しておきます。


 文章のプロパガンダでいうと、ユタカが嫌っていた横文字は「マウント」という言葉でした。英単語「mount」は登る、乗る(乗せる)といった意味を持つ動詞であり、格闘技で使われる「マウントポジションを取る(馬乗りの格好)」から転じて、相手より優位になる事を「マウントを取る」と表現します。


 mountはそれ単体では意味が不完全な他動詞です。何を登る、何を乗せる、この「何」に該当する目的語があって初めてmountは完全な動詞として成立します(mount the stairs=階段を昇る, mount a bicycle=自転車にまたがる)。外国語の初歩はおろか国語すらろくにできない人間が、横着なカタカナ語を意志疎通に充当してしまうことがとにかく嘆かわしい、だそうです。きっと、そうした指摘も「マウント」の一言で片付けるのが、彼らの特技みたいなものですよね。


 話は戻りますが、我が国の人間がそうした「言葉の乱れ」を放置することは国語を形骸化させることに他なりません。グローバル・スタンダードがプロパガンダに用いられれば、いかに東方の島国と言えども外国語を基本とした国になる日も遠くないと思います。もっと言えば、カタカナ語を多用する人は大方、日本語を捨てる前段階にあるわけです。国語ができないようなら、英語だけしゃべっていれば事足りるのも否定しません。


 さて、こういうグローバル・スタンダードは外国の良さを取り入れる反面、自国の風土も損なう懸念があります。前の世代では許容されなかったことが、ここに来て随分と寛容になったと感じることはありませんか?


 女性が男性のめんつを立てなくてもそれはそれでよいという風潮になったし、男性は必ずしも強い人間であるべきという正当性も失われてしまいました。女性が権利を勝ち取り、男性は大人しくなった。我が国の因習が正されたと認識すれば、形骸化されゆくあれこれを惜しまないでしょう。


 ですが、あたしは受け入れられているそれらの変化を手放しに喜べるほど馬鹿ではありません。女性が権利を拡充させる折りに、男性に気遣いと妥協を強いています。そして、それはさも当然なことのように行われ、時々図々しく映ります。めんつを大事にする男性からしたら、労働力として劣る女性に席を譲れと要求されるほどの屈辱はありません。そんなまどろっこしい真似をせずとも、女性が男性より優れている分野の拡充はできたのではないかとも思います。


 むろん、あたしのこういう意見が正しいわけではありません。


 ただ、女性の権利を拡充させるという一点において、「我が国にとって」「我が国の在り方において」今の社会が本当に望まれるべき形だったのかどうか、疑問に感じるのです。世界的に見たら、フェミニズムは地球上のすべての女性にとって望まれるべき、という見識が一般的です。


 ですが、我が国において、男性の弱体化を招き、女性の自己主張が大きくなることは、国の発展にどれだけ貢献したと言えるのでしょうか。むしろ、国を悪くしていると感じたことはありませんか。家庭で男性が低く扱われることで、怖いもの知らずな子供が増えたように思います。社会で女性が自由を手にしたことで、目上の相手に対して遠慮する子供が減ったように思います。はっきり申し上げると、女性が男性に敵うわけないじゃないですか。子供を産まないならとにかく、産みたい女性が産んでやっていくには、男性の協力が不可欠です。お金が勝手に涌くわけありませんから。それを踏まえて、男性の座るはずの席まで寄越せっていうのは上下関係を甘く見すぎています。


 敗戦国の末路と言われればそれまでですけれど、自分たちの国は自分たちの望まれた形を保つべきで、いたずらに変えてしまえばうまくいくわけでもなくて、持続可能で、意義のある革新だけが果たされればよいのです。


 あたしは個人的に、男性を立てることが好きです。だって、その方が十分に力を発揮してくれるし、場合によってはあたし自身も成果が出せます。男性と衝突しながら、自分に仕事を任せろなんて、とてもじゃないけど言えません。その思慮が我が国の風土かもしれませんし、生活の中で染み付いた知恵なのかもしれません。


 外国からしたら古い文化に映っても、恥じる必要なんてないんです。だって、その方が男女がまんべんなく活躍できる見込みが大きいのですから。


 とまあ、ここまでがあたしの自我が行き着く限界です。これが自分の考えを持つということです。しかしながら、世の中には「あれが正しい」「これは間違っている」という圧力は随所にあります。


 男女が平等になることは一般的に正しいことです。しかしながら、それによって失われた格式や文化も相応にあるわけですから、必ずしも賛成意見が世論を占める道理もありません。こんな時代になって、今さら元に戻せるわけもないのですから、それこそグローバル・スタンダードの思うつぼでしょう。


 実際のところ、現代人は数々の歴史を経ても根底はちっとも変わっていません。よかれと思って変えたつもりが、余計に改悪している様です。慣れないことをしようとするから、すぐそうなる。判っているのに、そうせずに居られない。それもこれも、世界が促すプロパガンダがそう望んだからです。


 我が国は遅れまいと、他国の文化に合わせようとする余り、大切なものを損なっていることにも気付いていません。一昔前に、自衛隊の基地を占拠した三島っていう大胆な人が居ましたけれど、彼だけはしっかりそれに気付いていました。個人の愛国心に同調するつもりはありませんが、プロパガンダが外国ではなく、熱心な彼の方向に働いていたなら、かつての帝国としての誇りは死なずに済んだのかもしれません。


 民衆はとにかく愚かで、馬鹿の集まりです。馬鹿でない人だけは、自分の考えを持ちますが、その大概は異分子であり重要視されません。逆に言えば、形式的な正論を愛する馬鹿を操るのは簡単です。「世界的にそうだから」とか、「それが最善だから」とか、もっともらしい御託だけで人はどこまでだって流されます。


 愛国心の意に反しますけれど、三島という男を盲信する行為もまた、一か所に流されていることに違いはありません。動機が自分自身を発端としていなければ、等しく無知なのです。


 そうやって、よそに影響されやすい人間の精神を逆手にとって、ある特定の思想に誘導することは容易い。取り立てて、歌がその役割を担うのに大活躍してくれました。


 レンは、リスカ塔がいかに追放されるべきかを歌にしてくれました。具体的に説明するなら、リスカ塔が書く小説の内容は有害だと、解りやすく旋律に組み込み、聴き手に届けるための試みです。先ほどあたしが述べたような、個人の思索がもたらす知を絶対悪とし、万人の万人のための万人による同調が真の正義だと謳ったのです。


3


「役に立てたかどうか判らないけど、これでよかったんだね?」


 彼は遠慮がちに尋ねています。その力を、人の心を誘導するために使わされたことよりも、あたしの不確かな拠り所を壊してしまうことを心配しているようでもありました。


 歌というのはとても不思議です。解剖してみれば、大した事を主張しているわけではないのに、要素に乗せて響かせるだけで、人心を攻め落とす勢いを帯びて、惑わせます。


 音楽は素人が思っているより大掛かりな計画は必要ないのに、大勢を動かす魔力があります。物を買わせたり、特定の行動を働き掛けたり、決起させたりもできてしまいます。音楽家は数多く居ますが、そうした魔法を自覚して制作に当たっている真の芸術家は少ないと思います。


 素人ながらに、音楽の持つ不可思議な部分を指摘するなら、正直なところ、何を演奏しても何を唄っても、ほとんど変わりありません。それなのに、明確な違いを認めては、その響きは一つの物事に関連付いています。音は感情を繋ぎ、時を刻みます。平穏で静けさに浸された心を乱し、固有の音階が異様に過去を思い起こさせます。


 レンはそんな音楽を魔法のように扱える一人です。すでに大きな働きをしており、この集まりに参加する義務はありません。リスカ塔が潰えた時、あたしたちはどのみちもう……。


 そうこう待っている間に、最後の仲間が来ました。あの人はレンより早い時刻で待ち合わせをしていました。レンが最後のはずなのに、予定よりも早く来てくれたせいで、出合った順番通りの到着です。


 歩いてきたのは男性らしい服装をした女の人でした。やはり、本当の姿は議論の余地がなかったと見えました。「彼」はあたしの用心棒として、立ち合ってくれるようです。暮らしぶりや振る舞いが、男性に負けず劣らずに磐石で、頼もしい限りです。


 あたしは性的少数派ではないので、自分と同じ性別を持つ彼とは密接な行為ができません。女同士でも案外できてしまうものだ、と言うのは簡単です。近年ではレズ風俗を題材にした創作も珍しくありませんし。


 でも、あたしは同性愛を頑なに拒みます。性別にはそう思わせるだけの強い呪縛を伴います。


 おもしろくないのです。男性と女性が補完し合うような体の作りをしているのに、ホモ(※)があの手この手で気持ちよくなろうとする有り様が。性別の壁を超越しても、当事者たちから性欲の本質に大差はないと聞きます。だから、膣内に陰茎を押し当てる快感でなくとも、性行為はできると強がろうとします。

※ 同性愛指向=ホモセクシャル。「homo」自体はラテン語でヒトを意味し、ゲイ、レズの両方を指し(ゲイの意味合いが強い)、場合によって蔑称。


 子宮に思い切り精液を注ぎ込まれる宿命の快楽以外の、変態的な行いは、あたしが本質的に欲しい気持ちよさではありません。人間の体は子孫を残そうとする時に、至上の快楽を伴い、生物の本懐を遂げます。個人の思惑に関係なく、そうなるように作られています。でなければ、だれが子供を産む苦しみを進んで受け入れるでしょう。


 今の時代、避妊具は当たり前のように普及し、その不純な性行為に利用されます。子孫を作らずに快楽を貪るための道具として機能します。一方の業界では、女性の体を守るための配慮だと有り難がりさえします。


 人間はホモサピエンスの名称をして賢い生き物だと言われておりますが、こと避妊具を発明する観点では、馬鹿に紙一重です。子孫を迎え入れるための儀式を、大人の遊びに変えてしまうのですから。


 それでも我慢ができない大人たちは避妊具に甘んじて、馬鹿なことを続ける。


 あたしが思い描いたのは飽くまで理想論です。どれだけ、そうあってほしいと願っても、結局、好きな人同士が愛し合えるみたいな、きれいごとが実現される日は訪れません。


 それゆえに愚かで度しがたい。常に正しくいられるわけがないから。


「最後か。まあ、リタちゃんがオレと二人きりになるよりはマシだったよな? 今日は、ちゃんと守ってやるから安心しろ」


 人間の持つ矛盾や整然としない歪な部分を知っているからこそ、あたしはカズヤの存在を受け止めて、カズヤとして認めています。頭の堅い人たちは、言葉じりを捉えて、「あの時、ああ言っただろう」「ああ言ったんだから、こうはならないだろ」と聞き分けのない、絶対的正義を押し通そうとします。


「乱暴は良くないよ。できるだけ穏便に、ね」


 ですが、そもそも人間なんてままならないものなんですよ。人間らしさを真に見つめる時、その幼稚でわがままな主張を曲げられる大人になっていくんです。暴力が似合わない、優しいレンみたいに。


 純粋な人から見たら、二転三転する汚い生き方だと言われるかもしれません。では、一貫してきれいな生き方をすれば、何をどれだけ救えるというのでしょう。きっと、正直な人が馬鹿を見るのが落ちです。


 カズヤには、えりなとしての姿もありますが、いずれが消えてしまったとしても残った人とは偏見や差別を抜きにして、あたしが思うような態度で関わります。


 少なくとも、ここに居るカズヤはあたしを守る騎士(ナイト)として、横に寄り添ってくれています。同性だとしても、カズヤならあたしを守ってくれるでしょう。腐っても、あたしには男性を惑わせるだけの魔性があるということです。


 冗談はさておき、この面々であの化け物と相対するのは初めての試みでした。やつが来るまで、三十分程度の猶予はあります。事実上、リスカ塔に関する記述や彼が遺した登録情報はすべて閉鎖されています。動画サイトもSNSもアカウントが消し去られ、画像検索には若干記録が残っていますが、元々の情報源は抹消されました。


 残すところ、あたしがゴーストライター、つまり代筆していた小説投稿サイトの登録情報を消せば、リスカ塔はその短い歴史を終えます。とは言っても、受賞した例があるわけでなく、仲間たちとの努力の甲斐があって、読者は一定数集まりましたけれど、たぶん熱心な支持者は居ません。


 ユタカは読者が居ないことに毒づいて居ましたけれど、なんだかんだ言って、小説は書いていました。だれのためにもならないのに、日頃思っていても聞く耳を持たれない持論をつらつら書きなぐって、小説ということにしていました。


「実写版無音少女は、僕たちの手に負える相手だと思うのか」


 仲間が集まってから、ユタカくんが初めて口を利きました。人見知りなのか、みんなの前では多くを語りたがらない彼ですが、集まった仲間たちに目的を再確認させました。あたしが彼と一緒に捨て身の性行為に及んだのは、寝返らないようにする念押しのためです。


 良くも悪くも、ユタカくんはユタカに似ている部分があります。


 みんなで束になって、あの女を懲らしめるのも絵面としてはおもしろい気がします。あたしのやり口としては物足りませんけど。やはり、同性を完膚なきまでに叩き潰すなら、暴力よりも適切な方法があるわけです。


 四人で、当たり障りのない雑談を交わしました。カズヤが最も饒舌にあたしに話題を振って、無邪気に笑っています。レンは時折相づちを打って話に参加します。ユタカくんは相変わらず絵の世界に入り込んで、自身を含めた仲間たちの交流の図を描いていました。彼が、こうした視界を介さないふかん図を描くのは極めて珍しいです。


 個性の違う三人でも、あたしの仕業で同じ場所に集まって奇妙な絆です。


 この日の目的が果たされたら、あたしたちはもう関わることもなくなるでしょう。やつを倒すためだけの集まりですから。目標が達成されれば、それ以上の馴れ合いは不要です。また一から、利用価値のある連れを探さねばなりません。


 遠い場所に旅立ってしまったユタカにも、ちゃんとお別れをしなければなりません。


 丁度、駅の出入り口から歩いてくる、あの女との遺恨を断ち切った、その後で。


4


 歩いてきたのは、幽霊でも異形でも怪異でもなく、何の変哲もない人間の女でした。こう書くと、まるであたしが人間より上の次元に位置する何者かに受け取られ兼ねません。しかしながら、あたしもまた人間の女であるから、条件は同じです。


 付け加えるなら、その女は黒のドレスに身を包んでいました。死者を悼むような装いに見えなくもありません。あたしもまた、黒の装いでした。ただし、女らしい洋服ではなく、遺品です。


 あたしが数か月寝食を共にした彼が日頃着ていた、古ぼけた長そでシャツに、柔らかな素材の長ズボンです。彼は長身でしたから、すそは靴の上で捲って、そでは両手を覆い隠しています。今日の相手にはこの上ない、戦闘服なのでした。


 見れば見るほどに、魔性を絵に描いたような眼差しをしていて、和菓子を思わせる頬に固く閉ざした唇、小ぶりな鼻が特徴を成しています。特別、あたしから見て美人ではありませんが、ユタカにとってはその一つ一つの特徴が愛らしいことが「無音少女」の中で描写されています。


 足音はなく、すたすたと歩いて、あたしたちの居る所までやってきました。四字熟語もまた横着な言葉として、多用は避けたいところですが、この状況は四対一の、四面楚歌そのものです。


 レンとカズヤはあたしと一緒の時に、この女ともう会っています。ユタカくんだけは実写の実物とは初対面となります。彼がどんな反応をするのか薄々気になっていましたが、絵を描くのをやめてから、ずっと青空を眺めて、心ここにあらずです。何を考えているのか、まだ判りません。


「フフ。歓迎会、って空気じゃないね。あたしを煮るなり焼くなりしてみる? それはそれでたのしそうね」


 薄笑いを浮かべると、同性のあたしでも気にかかる変な魅力が背筋をなでてきます。一人きりでは、とても勝ち目はなかったでしょう。そのための、仲間です。


「黙りな。煮るも焼くもしねえよ。おめえのことは放っておいてやる。いつまでも、一人でな」


 カズヤはあたしをかばって前に飛び出しました。えりなならともかく、カズヤでは少々分が悪いようです。手足が震えています。


「かわいい。あたし、一人じゃないの。手駒ならいつでも調達できるわ。……そうそう、今退屈してたの。あなたもあたしに挑戦してみる? 怖がらないで。やさしく、じっくりと相手してあげる」


 話せば話すほどやつの優勢でしたので、あたしはカズヤの手を引いて、仲間たちを背に、魔女と向かい合いました。


「うるさいな、オバサン。貴様なんかよりあたしの方が上なんだよ。そんな誘惑がいつまでも通用すると思うな」


「お子ちゃま。さびしいならさびしいって言ってみなさい。頭をなでてあげる。あなたの弱いところも。全部。さあ、こっちにおいで」


 あたしが罵倒しては、ミノリがするりと交わす。こんなやり取りが何度も続きました。


 年齢というしがらみは女にとっては癪に触るもので、口げんかにはどうしてもついて回ります。女の、年を食っていていいところがあるなら、豊富な処世術があるくらいです。そこがよいと言う殿方も居ますが、実際は若さの盛りこそが女の魅力を決定します。旬が過ぎれば、女は女としての値打ちすら失います。だから、「女以外の面」で挽回しようと躍起になるわけです。純粋な「女」では、あたしがこいつに負ける理由がありません。


「……あの人は、貴様の事を心底嫌っていた。その証拠に、余計な事をされる前に自らこの世を去った。どう責任取ってくれる?」


「フフン。その逆でしょ? ゆうくんはあたしを好きでしょうがなかった。『無音少女』なんて、思い付きで作った名前を神格化してまで、忘れないように留めてくれた。本当に、ばかな人」


 底知れない自信がそこにはあった。


「いい加減にしろ! 貴様さえ、貴様さえ居なければ、ユタカは死ななくて良かったんだ。貴様さえ……。うっ、うう」


 負けた。敵の前で泣くなんて、あり得ない。


「フフ。あなたがゆうくんと出合ったのはあの店でしょう? だったら、あたしに感謝しないとおかしいね。カラオケはゆうくんとあたしの絆なの。あなたは知らないのでしょうけれど。強く、強く、抱きついて離れない。ゆうくんの」


 気付いては、いた。この女が彼のよく知る曲をカラオケで唄っていた。その真相は、生前のユタカがミノリのお気に入りの曲を唄っていただけなんだ。その心は始めから、こいつだけに向いていた。


 あたしがうなだれて、地面に崩れ落ちそうになった瞬間、横から手が伸ばされた。我関せずで空を眺めていたはずのユタカだった。


「ゆうくん。今度こそ、あたしを」


「もう、いいだろう。おわりにしよう。それがミッチの……」


「不器用なんだから」


 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。彼の握っていたペーパーナイフが、在ってはならない方向に突き立てられ、殺傷力のないはずの道具が、ミノリの命に止めを刺した。


 駆け付けた警察に取り押さえられるユタカ。介抱してくれるレンに、涙声で助けを求めるえりな。後世のトラウマだ。あたし、これからどうやって生きていけばいいのだろう。




 命まで奪わなくてもよかったのに。


 そんな答えがただの甘えだと判っている。それでも、あたしは人の死に際を間近で見て、ますます心が打たれ弱くなってしまった。


 以前の殺人未遂で執行猶予の実刑判決を受けていたアオイユタカは、その殺人によって、裁判で無期懲役が言い渡された。死刑にならなかっただけでも救いと見るか。死刑なんてものがなくならない理由について、ここで長々と書く気力も涌かない。


 とにかく、ユタカにとってのミノリが、あたしにとってのアオイユタカとなってしまったのだった。無期懲役の受刑者が仮釈放されることはほとんどない。前途ある才能の芽が絶たれたと見るか、狂暴な人間が一人、社会から消えたと見るか。


 あたしは可能な限り、彼と連絡を取って面会を求めている。しかし、彼は一度も了承しなかった。




 リスカ塔は確かに跡形もなく削除された。もう、そんな作者が居たことすら、だれの記憶にも残っていないだろう。こんな喪失感は、ユタカが自殺した時以来だ。


 レンとは連絡を取っていない。カズヤたちがどうなったかも知らない。


 明らかなのは、あたしがもうだれかと関わりを持って生きていくだけの心を失ってしまったと言うことだった。死ぬ時が来るまで、若い体を売り物にして淡々と日銭を稼ぐ。大人の遊びには、すぐに慣れた。


「それ」以外の仕事はしない。もうだれとも関わりたくない。


 あたしが女として見られなくなった時、それがあたしの命日だ。


 あたしが居なくなったとしても、きっとその後の世界は何も変わりない。いつまでも、このまま。代わり映えがしない。



呪われていない終章

1


「と、いうお話を考えてみました」


「……これ、本当にきみが書いたのか」


 時戻って、2022年の五月某日。創作の中では、絵描きのアオイユタカが逮捕された時期です。ぼくが話している相手は小説の中で勝手に殺されたことになっていた、井上裕(27)です。


 彼とは前年の冬の終わりまで同居していましたが、あの後、どうやら経済的な事情であの場所を立ち退いていたようです。空き部屋になった後、別のだれかが住んでいるみたいでした。変わらないものがないというのは、時に非常に残念です。


 ぼくは、こうしてユタカの前まで会いに来ますが、正式にお付き合いをしているわけでも、特別な愛人というわけでもありません。友達や仲間というのも物足りませんが。彼に無断で名乗るなら、友達以上、恋人未満です。一時期は連絡もまったく取れなかったのに、当たり前のように再会できたのは、彼がぼくの職場に現れるからです。


 さて、現実のぼくは「無音少女」とされる女には一度だって、お会いしていません。ミノリは架空の人物なんじゃないかとさえ思います。ユタカがそれらしい人物の似顔絵を描いていたことはありますが、黒髪で丸顔の女だという以外の特徴が掴めていません。実際はホラーのおそろしい化け物ではなくて、ごく一般的で、ありふれた容姿の女なのでしょう。


「ええ、まあ。あなたとの約束に間に合わせるために、最後の方は急ぎ足になってしまいましたけど。どうですか」


 小説を書いたのは嘘ではありませんでした。性別や境遇を除けば、ぼくたちはとても相性のよい二人のはずですから、創作をする時にもそれが活かせる事を証明して、ユタカをぼくの配下……ではなくて、ボーイフレンド? に迎え入れたくて、夢中で書きました。ぼくもいつまでも若いわけではありませんから、落ち着いて関われる男性はどうしても欲しいわけです。


「まさか、本当に援助交際なんかしていないよな」


 疑惑の眼差しがぼくの胸を射抜きます。どうしてそこを見るんだろう。外出先なので、声を潜めて尋ねられました。


「そこ、ですか。ぼくの処女性がそんなに気になりますか」


「気にするわけなかろう。きみが好きな相手と果たせば、ひとまずの成長だ。おれには無関係だ」


 鈍感なわけじゃないのだろうけれど、意図的にぼくを除外しようとするのはある意味、意地悪です。少しは大人の女として意識してくれたっていいのに。


「そうだ、これからぼくのウチに来ませんか?」


「その手には乗らんぞ」


 水を一杯飲み終わると、注文を待たずに席を立とうとしています。こうして顔を合わせられる機会はそう多くありません。ユタカは新しい居所を教えてくれないどころか、例年に比べてカラオケに来る回数も減ってしまいました。


 彼にとって「無音少女」がかすかに風化していくように、木村としてのぼくも段々と薄れていってしまうのかと思うと、切なくなります。いっそのこと、男と女として溺れてしまいたいです。若さゆえの欲求なのかもしれないけど、子供扱いからはそろそろ抜け出したい。


2


「そんなことを言わずに。ささ、これをお納めください」


 あらかじめ用意していた物を「後ろ向き」で提示します。その冊子に興味が向いたのか、動きを封じ込めるのに成功しました。裏表紙からすでにいかがわしい内容が掲載されています。察しのいい彼は、素早くそれを表面にしてみせました。


「なんなんだ、これは。一体」


 あきれた声で表紙を見下ろしているものの、目は喜んでいるようにもうかがえます。マスクをしているので、表情の詳細は解りません。とにかく、ぼくの選択は間違っていなかったのです。


「『かいらくてん』(※)ですよ。これ読んで、日頃シコるのに役立ててください」

※ ワニマガジン社より刊行されている成人向け月刊誌。いわゆるエロ漫画。過去にコンビニでも買えたが、最近では一般的な書店で買える。AmazonならKindle版もあり。


「そういうことを聞いているんじゃなくて。あと、女の子が『シコる』とか言ったら駄目だろ」


 肝心な時に女として見てくれないのに、こういう時ははっきりと女の子扱いです。しかも、子供扱いを兼ねますから、なんだか機嫌よくなれません。ユタカはいかがわしいイラストとセリフが書かれている表紙をゆっくりと裏返して、広告もまたいかがわしいので、置き方に困っています。いい気味です。


「だって、ぼくで抜いてくれないようですから、ねえ。ささやかな差し入れですよ。どうぞどうぞ」


「利口なきみなら、他に男の子作って、うまいことやってるものかと思ってたけど。まだどっかのアホに付け狙われること、あるのか」


 ユタカとの同居が終わった後、ぼくはぼくで、どうにか住む場所は確保できました。それでも、女だけの一人暮らしは何かと不安が多いのです。できれば、信頼できる男性が近くに居てくれたら、これほどの安心はありません。


「別に、ユタカさんが居なくても、その、やっていけますけど。居ないと、なんというか……」


 その先が言えそうで言えない。それこそ、女の子の口から言うべきでない気がするから困ります。こういうのは男の人から言ってくれた方が、話を進めやすいのです。


「……おれが居なくなっても、きみはきみでやっていけるよ。これを読んで、それがよく判ったから。ただ、体の関係だけは、よしておきな。若さって、酷使すると後が怖いからな」


 いまだに、彼の心の奥には見えざる追憶の影が歩みを阻んでいるのでしょうか。ミノリなら完全に葬り去ったはずなのに、あちら側のぼくも無傷では済まなかったわけです。なんか適当に「あの女は不幸に遭って死にました」と書けばさっさと幸せになれた気がします。それなのに、ぼくはリスカ塔らしい物語の終わりを選んでいた。


「ぼく、嫌ですよ。ズリネタに困るあなたを放っておくのは」


「ズリネタとか言うのもやめなさい。男ってのは、シコりたくなったら勝手にシコるんだからさ。女の子から何かを提供する必要はないのさ。これは、もらっとくけどな」


「消費税込みで五五〇円になります。手間賃はサービスです」


 従業員の感じでそう告げると、彼はおもむろにポケットから札を取り出しました。野口英世です。福沢諭吉だったら、彼のいかがわしい要求でさえもいとわなかったでしょうけれど(お金をもらわなくても……)、そうなればぼくたちはおしまいです。


「釣りは要らん。一回ぐらいはこれでシコっとくよ」


 野口英世の紙をテーブルに置いた手の勢いで、すくっと立ち上がります。数か月ぶりに、仕事中ではなく私生活でお会いできたというのに、ものの数分でその時が訪れようとしています。


「待って……! ください」


 見送るわけにはいきません。見送れるはずがありません。見送れませんでした。


 彼のシャツの背中を掴んで、立ち向かいます。


3


 以前とは違った洗剤の匂いがしました。住んでいるところが変わり、洗濯事情も変わっているのは容易に想像できます。しかし、妙なのは、やけに男の人らしくない洗剤の匂いがするのです。


「ユタカ。カノジョ、できました?」


「…………」


 人目がうざったく感じられてきたので、控えめに距離を取ります。それどころか、元の位置に着席します。丁度、この状況が無音というのに相応しいです。


 もしも、彼が他の女と同棲しているなら、それならそれで構いません。ですが、ぼくを第二、第三の女辺りにしてくれないと、個人的におもしろくありません。倫理や道徳なんか議論するつもりはありません。ひどくても、ぼくはこの人の女になる悦びをあきらめきれません。


「居ないよ。これからも、ずっと。おれは、きみが思っているほど立派な男ではないのだ。達者でな」


 この人のこういうところが、ぼくは……。でも、行かせてしまうことにしました。ちょっとした仕掛けもあります。すべてはユタカの気が向いたまま。


 待つだけです。




 夜になりました。


 ぼくが勤めているカラオケボックスです。ここには、あのミノリという女が勤めていたはずはなくて、昼に入るぼくが帰った後の時間は男性従業員が多いです。夜中はケンカをする客が居るので、後始末が面倒くさいそうです。ちなみに、ユタカは夜のカラオケには、ほぼ来ません。昼よりも料金が高いのと、仕事終わりの大人たちで混み具合が増すからでしょう。


 休みの日なのに、わざわざここに来た理由は、かいらくてんにありました。あの雑誌の特にエロいページに書き置きを挟み込んでいます。きっと、自宅でシコろうとした最中に、それが発見されたことでしょう。


 彼はここに来るのでしょうか。


 待ち合わせの時間、丁度になりました。


「こんばんは。今日はやけに月がきれいですね。……ところで、シコれましたか?」


 訪れた彼は何も言わずに、ぼくの手を引っ張ってお店に連れていきました。したがって、そのまま受け付けを済ませると、指定された部屋に移動します。利用時間は、一時間ではないことだけが解りました。


 この日は平日のためか、人が多く入っているわけではなくて、ほどほどでした。まったく居ないわけでもなく、ぽつぽつと、扉の閉まっている部屋があります。ぼくたちが入った先も、じきにその一つです。


 ぼくがソファーに腰掛けるや否や、彼は大好きなカラオケに目もくれず、部屋の電気を消して、テレビの画面も暗くしました。


「来てくれないかと思いましたよ」


 男の人が無口になる。何かを予感していました。それを考えると、胸がドキドキせずには居られない。彼は暗がりから手を伸ばして、ぼくの髪に指を通しました。奇しくも、空想上のあの女くらいに伸びたものです。


 髪を触られるのは正直言うと嫌です。しかし、この時は不快感がありません。求められることがうれしくて、どこを触られても心地よくなります。


 執拗にぼくの髪をいじって、何かを試しています。分け目を作って、毛の流れを入念に整えて、束ねて、たぶんヘアゴムで固定されました。それを二回くらい繰り返しです。


「今これ、なに、やってるんですか?」


「……よし、できた」


 スマホを取り出して、カメラのアプリを起動して、自分の顔を見てました。すると、「ドラえもん」に出てくる「しずちゃん」みたいな髪型になっていました。使われているヘアゴムにはカエルの顔を丸く模したものが付いています。


 特に説明はなく、しずちゃんと化したぼくの髪型を眺めています。


 それきり満足したみたいで、マイクを取り出すと、マスクをしたままで、ある曲を転送し始めました。送信された曲の一覧を示す画面の最上部には「ミックスナッツ」という曲名が映し出されます。最近のアニメの曲で、店でも頻りに耳にしたため、サビのフレーズはよく覚えています。


 本人映像で、怪しげなイントロから始まります。全体的にテンポが速く、ごちゃごちゃした行進曲を思わせる曲で、ユニゾンの「シュガーソングとビターステップ」とは全然似てないのですが、音の雰囲気というか、所々思い出してしまうのは否めません。サビに入ると、ぼくも無意識に唄っていました。声がしたことに驚いた様子で、気遣ってもう一つのマイクをこちらに手渡してきますが、受け取らずに二番以降は聞き入っていました。複雑で奇妙な転調はなく、意志に関わらず耳に残り、覚えやすい曲だと思います。


 一つ違和感だったのが、ヒゲダンみたいな、いわゆる多数派の曲を選んだことです。彼は覚えやすい曲や難易度の低い曲をそこまで好みません。原曲のボーカルの人はすごく上手だと思いますが、視野を広げてみて、歌手としてずば抜けて優れているわけではありません。こういう多数派の曲は、歌に自信がなくても、先ほどのぼくみたいに、うろ覚えでも唄えるという良さがあります。


4


 それからも彼は一頻り、歌を唄っていました。一人で来た時もよく唄ってますけど、時折プリキュアの主題歌を混ぜてきます。ぼくが小学生の頃は、五人居るのとか、果物の三人のやつとかやっていましたけど、途中から見なくなりました。女児向けのアニメって、曲からすでにお花畑な感じがして、気恥ずかしくなります。思い出補正で、その辺り抵抗なく唄えるようになれたら、まあそれはそれで……。


 それにしても点数が高い。また一段と歌が上達している。放っておくと退室時間まで唄い続ける勢いだったので、そでを引っ張って無駄な抵抗をします。


「カラオケをしに来たわけではなくて……」


 書き置きに記したのは希望的観測でした。実現するとも思っていませんでした。ユタカがここに来てくれるとも思いませんでした。適当に時間を潰したら帰るつもりでした。


 それでも彼は来てくれた。答えはYesなのか、と思ってしまった。


「きみのことは好きだ。それは言いきってもいい。だが、好きだからどこまでも進んでしまっていいというものではない」


「どういう、意味ですか」


 ユタカの言うことはなんでも、意図くらい予測できます。けれど、聞き返さずにはいられません。好きか嫌いかで言えば、好き。それが問いに対する彼の答え。ぼくが何よりも知りたかったこと。


「好きと言うのは簡単だ。しかし、今度はそれを証明し続けなければならない。人生が好きなら、人生と真剣に向き合わねばならないように――


「――どうして。どうして、あたしをさっさと自分の物にしようとしないのですか。あなたに会えないと、あたし、胸がぎゅーってして苦しいです」


「幻覚だよ。おれが居なくても大丈夫。だれもがそうやって生きている」


「ふざけるな。あたしが、どんな思いであの小説を書いたと思ってるの。居なくて当然だなんて言わないで。あたしだけはあなたの味方だって、言ったでしょう?」


 ヘアゴムをほどいて、ぼくは元に戻りました。なぜだか、そうしなければならない心境に立ちました。何者かがぼくに告げたようでした。


「あなたを消極的にさせる何かはすべて消え去ってしまったらいい。新しい未来を生きるユタカの隣に、あたしが寄り添っている。それではいけませんか」


「ふっ、ハハハハ」


「ねえ、ここ、笑うところじゃないんだけど……」


 彼はマスクを外して、ポケットから何かを取り出しました。四角い箱です。ばんそうこうが入っているのかと思いましたが、商品名を見て、すぐに気付きました。


「なんのつもりですか。『それ』を使って、あたしを満足させられると思ってるんですか」


 それは紛れもなく、男性が陰茎に着ける避妊具の箱です。女性が男性の性器を汚物扱いするための道具。精液の子宮への侵入を拒むための、滑稽で哀れな発明。ぼくがそう思うってことは、彼だってそう思っているはずです。


「きみはよく解っているはずだ。世の中には、自分の理想と食い違うことも許容して生きていかねばならないことを。だから、カズヤとえりなのidentityを受け入れたし、レンの暴力も一つの側面として認めた。ユタカについては残念だったが、おれで良ければ、きみの慰めくらいはしてやれるさ」


 目が回りました。ここがユタカの居る現実なのか、死んでしまった小説の中なのか、境界がなくなってしまうような言葉でした。あのわずか数分で、小説の内容をほとんど理解してしまっていたのです(彼の性格を思うと、帰ってから再び読んだとは思いません)。作者であるぼく以上に鋭く、読み解いてさえいる。


「あたし、慰められるのは嫌です。あなたがきっと傷付いてしまうでしょうから。こういうのって、慰める側が傷付くようにできているんですよね。だから、嫌気が差す。あたしだって、何も気持ちいいことが好きなんじゃないんです。あなたのことが……」


 涙が今まさに表面まで溢れる寸前に、横からやさしく肩を抱かれました。


「おれはきみの前では控えめな大人で在りたいんだ。他のどんなやつに虚仮(こけ)にされても、リタだけはおれの内実を認めてくれるからな」


「格好つけすぎだよ……。それで、あなたに何の得があるの」


 ユタカはあたしにとって、尊敬できる男性で居ることで、万が一があってもあたし自身の想いを愚弄しないように努めているわけです。別れた後に以前の恋人の悪口を言う程度の低い女にさせないために。


 ユタカはカエルのヘアゴムを手に取って、手首に巻いています。深い意味はないのでしょうけれど、なぜだかとても殺風景で、無常な光景に見えました。


「おれはきみを第二のミノリにしたくて堪らないが、できないことも知っている」


「いいですよ、あたし。ミノリになっても。髪型も性格も、全部あなたの好きなあいつに変えてしまっても構いません」


5


 彼はただ一度きり、肩を抱き寄せると、しっかりと力を込めて、体を押し当ててあたしの小さな胸とくっつきました。たったそれだけのことなのに、やけどしそうなくらいの大粒の涙が、うれしさのために溢れました。


「気持ちだけで十分。おれが抱き締めているのは木村利他だ。思い出の中のだれかじゃない。このヘアゴムは、だれも使わない予定のものだった。今日、リタが着けるまでは」


 含みのある言い方でした。それはぼくのためのものであって、だれかのためのものではなかった。その逆だと思っていたから、なおさら自分の間違いに気付くのに時間が掛かりました。


「そのヘアゴム、なんなんですか」


「いつかミノリが髪を束ねてくれるようにと、渡したのと同じ物だ。ハンドメイドらしくて、もう売っていない」


 店で買ったのをあいつにあげた後に、しばらくしてインターネット通販でまったく同じものを買って持っていたそうです。しかもケース単位での販売だったから、これだけでなくもっとたくさんあるらしいです。当時のミノリは前髪が長くて、隠れた目をどうにかしたかったみたいです。それを聞いて、ますますイライラしました。もちろんユタカにではなく、女に対して、です。


 ですが、そんな未練がましい品物をぼくに着けさせておいて、代用にもしないなんて、変わった趣向です。


「『無音少女』は読んだので、ぼくがミノリを演じるってことでもいいんですよ。その代わり、めちゃくちゃにかわいがってくれないと嫌です」


「ちょっと待て。そういうつもりじゃないんだ」


 慌てた彼は抱擁をやめてしまいそうだったので、ぼくは腕を相手の背中に絡めて何がなんでもしがみついて離れないようにしました。


「だめ。あたし、ユタカと一緒がいい。ねえ、キスして……いてっ。なにするんですか!」


 小説の中のミノリを意識したつもりで言うと、透かさずでこぴんをされました。どういう技だったか、三連続で当たりました。普通に痛い。


「最後まで聞け。……このヘアゴムはおそらくきっと、ミノリは着けていない。それは間違いない。だから、きみが着けててくれれば、この道具の印象は新しく上書きされる」


 並みの女だったら「前の女に未練残してるだけじゃん」ってなるところを、ぼくならちゃんと理解できる部分に、かすかな優越感があって、悪い気がしません。それにたとえ未練だったとしても気にしません。むしろ成り代わる方が、前の女から奪い取った感じが強まってぼくとしては燃えます。この魔性はぼくの家系にある気質でしょうね。


 けれど、ユタカが真剣にぼくを気遣ってくれているなら、それでいいと思います。細かいこだわりとか意味付けとかがあったとしても、後々でぼくが嫌がるような内容じゃないと信じています。


「わかりました。じゃあ、ありがたくもらっておきます。しずちゃんでいいんですか?」


「しずちゃん?」


「さっきの髪型ですよ。『ドラえもん』のしずちゃん」


 抱き付かれながらも懸命に考えているご様子です。もう少し欲情してくれないと、そろそろ腕が吊りそうです。冗談抜きで、ぼくのことをそろそろどうにかしてほしい……。


6


「おさげの二つ縛りは小中学生くらいなものか。さすがのきみと言えども」


「わかりましたから。さあ、ちゅーしましょう」


「いや、待て」


 彼はぼくが抱き付いているにも関わらず、平然と立ち上がりました。腕で支えていた自分の体が持ち上がって、そろそろ限界になって手を離してしまいました。女、ただ一人、ソファーに取り残されています。


 あまりの仕打ちで無言になってしまいます。黙って分からず屋の方を見上げると、まーた何かを唄い始まろうとしています。ClariSの「コネクト」です。まさか……


「――閉ざされた、扉開けよう~♪ ティ……めざめた心は、走り――」


 何か一瞬、歌詞を間違えたような気がしましたが、何事もなかったように、音程が歌詞と一緒にぐねぐねするサビのフレーズの入り口をどうにか唄っています。


 唄い終わるのを待っていると、彼はテーブルにマイクを置いて、ソファーに戻ってきました。ピンと来ていない方に、それとなく解説すると、丁度この頃、「~の~、~すぎだろ」(※)という言い回しが、この「コネクト」という曲と共に、SNSや動画サイトで爆発的な「現象」を起こしていました。

※ PS2用ゲームソフト「FINAL FANTASY Ⅹ」に出てくる「ワッカ」という仲間キャラクターの声で、元ネタ「ティーダのコンボ、気持ちよすぎだろ!」(PS4用ソフト「DISSIDIA FINAL FANTASY NT」のバナー広告でのキャッチコピー)の一部をわいせつな単語にすり替えて、コネクトのサビを唄わせた音MAD(二次創作)動画(合作として投稿されたうちの一つ)より。


 以前からユタカは、ちまたで変な流行り方をしている曲にも目を付けて、曰くありげに唄うこともしばしばありました。2021年冬で言えば、宮本浩次の「冬の花」を唄っていました。突然に、彼が行方を眩ませた時期でしたから、カラオケに来て選曲の方針に何かが秘められているのかと思って調べてみたら、なんだかばかばかしくなってきました。つまり、そういうことなのです。


 現に、この時だって、「ティーダの~」って言いそうになってましたから。


「この曲もまあ、思い出深い曲ではある。時が経っても、不思議と忘れていないものだな」


 彼が十年以上前に放送されていたアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」に特別な思い入れがあるのは、同居していた身分ゆえ知っていましたが、それだけとは言いきれない含みがありました。


「ClariSって、コネクトで有名になった当時、まだ高校生になるかならないかの二人組の歌手だったわけだ。今で言う、Adoが歌い手を始めたくらいな年? でも、今となっちゃ在学中の歌手活動なんて珍しくもなくなったよな」


 唄っている時は真剣というか、純粋に楽しそうだったのに、とても暗い抑揚の声で話しています。余計なことは言わないように、相づちのみを自分に許しました。


「それでおれ、ふと思うんだ。自分ばっかり、無駄に年を食っちまったなって。何も変えられず、もう二十代の終わりになる。二七才。米津玄師が『BOOTLEG』をリリースした後、シングル『Lemon』で脚光を浴びた頃と同じ年」


 良くも悪くも、人間は違っている。そんなことを言いたいんだろうな、と思って聞いていました。ですが、それもまた違っているのだろうな、って薄々思っていました。


「年を取れば取るほど、自分の不甲斐なさにイライラして、時々他人に八つ当たりして、存在を保たなければならない。そんな自分が嫌になるんだ」


 内容の暗さとは不釣り合いな清々しい笑顔でぼくの目を見つめて、話をしています。その達観したような、あきらめたような眼差しを見ていると、たとえにくい恐ろしさが胸を過ります。これから良くないことが起きてしまうような……。


7


「やめて、くださいよ。あたし、今のあたしでは、あなたになんて言ったらいいのか、解りません」


「ハハ、ごめんごめん。今のは忘れてくれ」


 気の利いたことが言えないのが悔しい。マスクの下で、唇が切れるくらいの勢いで噛んでいました。これから年齢を重ねれば、ぼくだって感じ方、考え方が更新されていくのでしょう。でも、それが今すぐでないのが歯がゆい。ユタカも、この感情を知っているんじゃないか。だから、あんなことを言ったのではないか。


「でも、あたしはユタカが居るこの世界が好きです」


 居なくなってしまった世界でもなく、元気でこうして生きていてくれる。それだけでも、あたしは幸せだと感じられた。寂しい世界を想定して書いている時、何度涙したものか、とても数えきれません。


 精一杯に何か言おうとして述べた一言に対して、大好きな彼は髪をなでてくれました。目をつぶって、髪から伝う指に身を任せていたら、いつの間にかまた彼は立ち上がって、マイクを握っていました。


 画面は切り替わって、陰気な音楽が静かに鳴り始めました。


「この曲は……」


 六分もある曲を、ユタカは丹念に唄い始めました。ぼくが生まれた年の曲。そして、彼の声で聞くと心が鎮まっていく不思議な曲です。終わりを意味する、その題目の表す通り、歌詞もまた一つの絶望を唄っているのに、それなのに、心地が良くなって眠りに落ちていきそうな、愛しい歌。


 実際に眠りはしませんが、彼のかすれがちな色気のある声にじっと耳を傾けつつ、時折アイコンタクトをしては視線と視線が弾けました。こうして身近に居られる権利が限りなく尊くて、偽らざる幸せを感じます。


 唄い終えると、ユタカは広いソファーの上でだらしなく横になりました。


「きみには申し訳ないけど、この曲を唄うと、あの人の事を思い出すんだ。『少女』……劇中の『貞子』は悲哀のヒロインであり、化け物でもある。……一人の女を、おれは美化しすぎだろうか」


「ユタカの思い入れ、わかりみ深すぎだろ」


 ぼくがレンと会った際にカラオケで唄ったとされる、ラルクの「finale」を好んでいる理由は、彼がどんな思い入れを持って唄っていようが、その妖艶なささやきを忘れられないからでした。前の女に対する未練と懸命に闘いつつも、やはりその時の恋の様子が伝わってくるような感じがするのです。歌が持つ魔力とでも言いましょうか。


「へへ、知ってたのかよ。その言い回し」


 ぼくも一緒になって笑って見せました。ですが、細めた目の隅には大きく育ちゆくしずくがこぼれ落ちてしまいそうで、決して開けてはならず、くすくすとゆっくり呼吸を乱してうなだれるのでした。


 暗くなった視界の外で何が起こっているかは判りません。心が、少し疲れてしまったんだと思います。


「リタ」


「なんですか? ……んっ、うっ」


 マスクを取られました。


 たった一度だけでしたが、いつかもこうやって彼の方から口付けをしてくれました。でも、今回は頬に垂れてきたしずくのせいで、ちょっとしょっぱいです。申し訳なさから口を離そうとしてみますが、こんな時に限って彼は続けるのです。


 生きていけるわけ、ないです。あなたが居なかったら、ぼくは……。


 どれくらいそうしていたでしょう。いっそのこと、ぼくのすべてを愛してくれたら、と願ってもみますが、ユタカは決してそういう動物的な行いに身を委ねはしませんでした。それが過去に与えられた罰であるかのように。そして、その因果がぼくの大好きな彼を彼たらしめていることも事実です。


8


「おれな、もっと大きな人間になりたくてさ」


 ユタカのこと、ぼくは小さいと思ったおぼえはありません。けれど、彼は自分自身に満足したことはないのでしょう。


「じゃあ、あたしが支えます。あなたが夢を叶えられるように」


「ありがとう。だけど、そういうんじゃないんだ。……おれが、人を愛する愛されるのにふさわしい人間になれるかは解らない。今後も、なれないかもしれない。だけど、少なからずおれを必要としてくれるのであれば、きみが後々に恥をかかないくらいの人間になってから、リタに大切な話をしたいと考えている」


「わかりました。あたしは待っていればいいんですね」


「待たなくていい。できれば、おれのことは忘れてくれた方がいいのかもしれない。リタのためにも」


 思わず、ユタカの脇をこづいてしまいました。


「わ、か、り、ま、し、た。気が変わったら、あなたのことなんかきっぱり忘れて、もっといい男性のところに行ってしまうことにしますよ。もうっ」


 それがぼくの本心だったとしても、彼は追いかけては来ないでしょう。彼は忘れられてしまった後の気持ちをすでに知っているんですから。だけど、まだぼくは知りません。一度好きになった人が遠くに行ってしまって、もう忘れるしかない状況を。


「じゃあ、そういうわけだから。これ以上、おれをムラムラさせないでくれよ」


 おっさんみたいなことを言って、席を立ちました。このままでは彼が帰ってしまう。何かを言わなくちゃ。何かしなくちゃ。わけも判らずに、ぼくは彼の後ろに手を伸ばしました。


「あなたがあたし以外の人を好きになっても、あたしだってそれで構わないよ。だから、いつか立派になったら、今日の出来事を、……誇れるあたしになるって、おぼえててほしいの」


 全部嘘です。だけど、彼の言ったことに釣り合いを取るには、こう言うしかありませんでした。


「ハハハハ。今のきみの顔を見ていたら、もっとムラムラしてきた。写真、撮っていいかい。二人で」


 部屋の照明を点けると、光の加減を考えながら、自身のタブレット端末を正面にして前方からかざしています。見れば見るほど、ぼくの顔はひどい有り様でした。見るからに泣き出しそうというか、寂しさが隠しきれていない、あどけない表情をしていました。笑ってみようにも、目元が潤んでいて不自然です。


 写真を撮り終えると、彼は一人で個室を去っていきました。


 扉が閉まってから、スマホに画像付きのメッセージが届きました。その文面を読んでから、自然な笑いが戻ってきたように感じます。だって、彼が無邪気にも「ツーショット写真に憧れていた」なんて書くから。


 この先、ぼくは変わってしまうのでしょう。ユタカが居なくなったとしても、世界そのものは変わらないかもしれません。木村利他にとっては、確かな変化があります。




 やがて、あなたがここに居たという事を忘れてしまった後、それからもこの世界でぼくは生きていく。すなわち、(↑あなたが居なくても↓)変わっていないのに、(→時間と共に←)変わっていく世界で、ぼくは自分が消えてなくなるその日まで、生きていくことにします。


 あなたと同じ苦しみを乗り越えて。